PUBLICATION
No.142
発行年月2026年10月
価格(税込) 786円
判型B5
頁数40頁
PDF 無
在庫○
目次
| 分類 | ページ | テーマ | 著者 |
|---|---|---|---|
| 巻頭言 | 1 | 中小ビル経営の「法と経済」 | 竹歳誠 |
| 特別論文 | 2 | 経済学で考えるコミュニティ再生 | 中神康博 |
| 論文 | 3-20 | 危険密集市街地の解消が地価に与える影響 | 安田昌平・河端瑞貴・直井道生 |
| 論文 | 21-27 | 住宅不平等の継承 | 蕭耕偉郎・福田崚・林和眞・城所哲夫 |
| 論文 | 28 | 賃貸住宅市場における長期滞留 | 鈴木雅智 |
| 海外論文紹介 | 36 | デマンド・サージの計量経済学的分析 | 廣野洋太 |
エディトリアルノート
本号では、危険密集市街地を解消する取り組みの地価への影響についての論文、親の持ち家所有の子どもの持ち家所有に与える影響についての論文、賃貸住宅の長期滞留期間に対して、実証的に接近した論文が掲載されている。いずれも本誌でこれまでに取り上げられてきたテーマに関連する最新の研究である。
◉
安田・河端・直井論文(「危険密集市街地の解消が地価に与える影響」)は、地震リスクを軽減する危険密集市街地を解消する都市防災整備が地価に与える影響の効果を検証した論文である。これまでに本誌でも取り上げられてきたように、地震リスクが高い地域はそのほかの地域と比べて、相対的に不動産価格が低い傾向が見られることが明らかになっている(直井ほか 2009)。なかでも木造住宅の密集地では外部不経済も存在し、不動産価格は低いことが指摘されている(宅間ほか 2014)。さらに木造密集地では、地震などの災害時に大きな被害も想定され、その解消が課題となっていることも指摘されてきた。本論文は、これらの既存研究をさらに前に進め、地震リスクを減らすための密集市街地を解消する具体的な取り組みが、不動産価格に対して与える影響を計測した論文(Kawabata, Naoi, and Yasuda 2025)を紹介している。
具体的には、東京都における「地震時等に著しく危険な密集市街地」に指定されている地域とその外側を隔てる境界には、延焼を防ぐために幅員の広い道路があることが多く、その外側には比較的新しい建築物が多いことに着目している。このような状況は回帰不連続デザイン(Regression Discontinuity)に適した状況である。本論文では、さらに時間軸にも考慮し、2012年時点には存在していたが2017年までに解消された危険密集市街地の境界線に着目し、危険密集市街地の解消前後における回帰不連続デザイン推定値の差を、差の差の分析(Difference in differences)により検証している。著者らは、このような分析方法を「空間回帰不連続デザイン」とよび分析を行なっている。
このような方法により、2012年、2017年、2020年の危険密集市街地データと固定資産税路線価、関連するGISデータを利用した分析がなされている。その結果、危険密集市街地のすぐ外側の地価は内側よりも高いが、その地価の差は時間の経過とともに縮小し、危険密集市街地の解消によって旧境界線内側の地価が相対的に上昇したことを明らかにしている。この結果は、各種の頑健性の確認もなされている。いずれを考慮しても分析結果に大きな変化が見られなかったことが報告されている。
今回の分析では、東京都が対象となっており、この分析の結果が、他の地域の危険密集市街地の解消にも同様な推論が可能かどうかは不確定なところがある。異なる都市での分析を行なう際には、本論文の分析方法と分析結果は参考になるであろう。
◉
蕭・福田・林・城所論文(「住宅不平等の継承」)は、賃貸住宅から持ち家住宅へと住み替えていく「住宅すごろく」の変容が世代間の住宅格差にどのように反映されているかを明らかにすることを目的として、親世代の所有する住宅とその住宅への近接性による便益に焦点を当て、親の持ち家所有と、子の居住する住宅との統計的な関係を議論している論文(Fukuda et al. 2024)を紹介している。具体的には、2020年に東京圏(東京23区)と大阪圏(大阪市)に居住する、30歳から59歳の調査対象者を対象に収集されたユニークなデータを用いて、親の住宅所有状況、出身地と、調査対象者の住宅所有状況の関係を検証している。
本論文は、親の住宅所有が、子どもの住宅所有にとって有利であることを前提にした仮説を検討している。分析の結果、次のことが明らかになった。まず、記述統計的な分析によれば、東京都区部と大阪市における持ち家・民間賃貸マンション居住者で、前住居が出身地となっている者は、一度の転居でこれらの住宅に到達した。次に、子の持ち家居住行動に対する影響を調べた分析からは、次のことが指摘されている。第1に、両親と同居している回答者は持ち家に住んでいる可能性が高い。第2に、年収400万円~800万円の世帯と都市圏出身者については、大阪においてのみ係数が有意に正であった。第3に、都心部あるいは市部出身者、かつ持ち家出身の場合、東京では持ち家所有に対して、正の影響を与えるが、大阪市居住者の場合には、このような結果は見られなかった。以上の分析結果より、大都市圏(特に都心部)出身の持ち家世帯が、親世代の住宅資産を地理的近接性とともに活用できるという優位性があることを示している。
親の住宅資産が、子ども世代の持ち家を含む資産に影響を与えるかどうかは、古くからある研究テーマである。これまでに多くの経済学者が取り組んできた問題であるが、近年、国内外で研究の蓄積が見られている。調査対象者の子ども世代も調査するパネル・データが蓄積されてきたためである。本論文の今後の課題としても言及されているが、子どもの持ち家取得に対して、親の持ち家が、具体的にどのようにして貢献してきたのか。データを整備し、そのメカニズムを明らかにすることは、本論文に限らず、今後の研究課題であると考える。
◉
鈴木論文(「賃貸住宅市場における長期滞留」)は、賃貸住宅の市場滞留期間を、住宅の品質と空室対策の二つの観点から、分析した論文 (Suzuki, Arai, and Yamato 2025)を紹介している。住宅の「現代的な設備」の有無が、住宅価格に影響を与えることは、本誌でも取り上げられており、現代的な設備が十分に付帯していない住戸の価格低下率が大きいことが明らかにされている(鈴木・清水 2025)。本論文は、賃貸住宅の場合で「現代的な設備」の有無が、不動産ポータルサイトに掲載されはじめてから成約に至るまでの市場滞留期間や家賃に与える影響が分析されている。
不動産ポータルサイトに掲載された情報を分析に利用することの利点として、住宅の機能に関する情報を多く利用できること、所有者の空室対策に関する情報を利用できることを挙げることができる。本論文でも、これらの情報を利用できることの利点を十分に発揮させて、住宅の機能に関する情報として「システムキッチン」、「高速インターネット」、「TVモニタ付きインターホン」、「24時間ゴミ出し」など10種の住宅設備・機能に関する変数、ならびに、これらから作成された住宅の品質を示す変数が作成され分析に利用されている。さらに、空室対策に関する情報として、「リフォーム済み」、「リノベーション物件」、「フリーレント」、「仲介手数料なし」、「保証人不要」などの8種類の変数が分析に用いられている。これらの情報から作成された変数を利用して、長期滞留に関連する機能的陳腐化や、空室対策に関する仮説を検討している。
本論文では、物件が掲載されてから、90日以上を長期滞留とし、長期滞留になる物件と、そうでない物件との違いに着目した分析結果が紹介されている。第1に、現代的な住宅設備・サービスを付帯していない住宅では、長期滞留が生じやすい。第2に、古い住宅で長期滞留が生じやすいことは、築年数が経過していることだけでなく、現代的な住宅設備・サービスを付帯していないことによって説明される。第3に、機能的に陳腐化している住宅に対する空室対策は、長期滞留の抑制に有効である。その一方で、機能的に陳腐化している古い住宅では、十分な空室対策が実施されない傾向にあることも示されている。この第3の結論について、陳腐化している物件でも空室対策が有効であることがわかっているにもかかわらず、陳腐化物件で空室対策が実施されないのは、所有者の借家経営に対する「諦め」が反映されている可能性を指摘している点は興味深い。
本論文で扱われている、賃貸住宅の長期滞留、その住宅の現代的設備の有無、そして空室対策の実施は、相互に関連し、複雑な構造になっていると考えられる。今後、これらの複雑な関係を解きほぐすためには、賃貸住宅所有者に関する情報を利用することも重要かもしれない。(K・S)