季刊 住宅土地経済の詳細

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タイトル 季刊 住宅土地経済 1992年夏季号
発行年月 平成4年07月 判型 B5 頁数 32
目次分類テーマ著者
巻頭言「不動産学」とは石原舜介
研究論文バブル期における企業の資産運用行動吉野直行
研究論文戦略的遺産動機と住宅需要大竹文雄
研究論文土地譲渡所得税の凍結効果と転用阻害効果山崎福寿
時事展望容積率と地価坂下昇
海外論文紹介住宅補助政策白井誠人
内容確認
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ノート
 本号の3論文はそれぞれ、
 ・1980年代のいわゆるバブル経済の時期に法人企業が巨額の不動産投資や証券投資を行ったといわれているが、その実態は統計的にはどの程度だったのだろうか。
 ・相続資産のほとんどが住宅資産であるのがわが国の実態であるが、遺産動機は住宅需要にどのような影響を及ぼしているのだろうか。
 ・譲波所得税が凍結効果を発生させる原因は何であり、それを回避する方法は存在するのだろうか。
 いった土地・住宅市場の重要な問題にメスを入れている力作である。
 
 吉野論文は、最初に地価(および株価)と金利との関係を調べ、低金利が地価の高騰の重要な要因となっていたことを実証している。
 この種の分析でいつも問題になるのは、わが国の金利が政府によって規制されており、統計データ上の金利が(歩積み両建てなどを含んだ)実際の市場金利とは一致していなかったことである。吉野論文では、コールレートという規制を受けていない自由市場金利を用いている点が注目される。
 この論文の第2の分析では、法人企業統計を用いて企業の資産運用行動の実態を明らかにしている。まず、企業の土地投資については、1983、84年頃は、土地が固定資産に占めるシェアが17?18%であったのが、1988年からは20%を超えるようになっている。また、87年第3四半期、88年第4四半期、90年第2?第4四半期にはそれぞれ土地保有の前年同期比での伸び率が20%以上になっている。しかしながら、60年代(50%を超える)と70年代(30%を超える)の地価高騰期と比較すると、この伸びはそう大きいとはいえず、今回のバブル時の法人土地投資は一般に信じられているほどには大規模ではなかった点が興味深い。
 企業規模別と業種別の投資行動も丹念に分析されており、資本金規模の小さい企業が、1985年以降株式での運用比率を極端に伸ばしていることや、衣服その他の繊維産業、その他運輸業、木材木製品業、不動産業が、他の業種と比較して特に固定資産の中での土地の比率を増やしていることを指摘している。また、建設業や不動産業では、固定資産としてではなく棚卸資産として計上されている土地投資がかなりの割合に上っていることも指摘されている。
 
 次に、大竹論文は住宅需要と遺産動機の関係に関する著者の最近の実証研究を紹介している。
 高地価を反映してわが国の住宅価格はきわめて高くなっているが、このような場合には高齢者は巨額な資産価値の住宅を所有し続けているよりは、売却して余生を豊かに過ごしたほうがよいはずである。それにもかかわらず、多くの高齢者が住宅を手放さないのは、相続税制や資産税制が住宅にきわめて有利になっているからである。特に相続税については、宅地の評価額が一般に実勢価格の約半分程度にすぎないことに加えて、200m2未満の居住用宅地に関しては50%(平成4年度改正案ではさらに60%に拡大)の減額がなされている。このような税制上の恩典が、わが国の住宅価格を高くする原因になっていることは否定できない。
 大竹論文では、住宅需要のなかでの遺産動機の重要性を実証的に検討している。その結論として、遺産動機がある者ほど持ち家率が高く、しかも子供がいる高齢者は子供がいない高齢者に比べて資産(特に住宅資産)の取り崩しスピードが遅いことが示されている。これらの結果は、遺産動機が住宅需要の重要な要因になっており、相続税制が住宅需要に大きな歪みをもたらしていることを示唆している。
 また、子供からの仕送り金額は親の資産が多いほど多額であり、子供は親の資産が大きいほど同居する確率が高くなっていることも示されている。このことから、遺産を残す動機は、単に子供のためを思うという利他的なものではなく、老後の世話をしてくれた者により多くの資産を相続させるといった利己的なものであると解釈できる。したがって、家庭外の介護サービスの充実が住宅需要の構造に大きな影響を及ぼす可能性がある。
 
 第3の山崎論文は、土地譲渡所得税の効果を理論的に検討している。譲渡所得税の効果については前号の金本論文でも分析されているが、金本論文では譲渡所得税の恒久的な変化の効果を扱っていたのに対して、山崎論文ではその短期的な変化の効果を分析している。例えば、山崎論文では今年だけ税率を10%上げて来年には元に戻すといった一時的な税率の変化を考えているのに対して、金本論文では未来永劫にわたって税率を10%上げるといった恒久的な変化を考えている。
 容易に推測できるように、譲渡所得税のロック・イン(凍結)効果は、一時的な税率変化のケースのほうが恒久的な変化のケースより大きい。今年だけ税率が上げられた場合には、税率が元に戻る来年まで売却を遅らせようとする強いインセンティブが生まれるからである。これに対して、恒久的な変化の場合には来年以降も税率が上がるので、売却を遅らせるかどうかはもっと微妙な判断になる。前号の金本論文で示されているように、ロック・イン効果が発生するのは十分に大きな「予期していなかった」キャピタル・ゲインが存在しているときだけである。
 山崎論文で示されている面白い結果は、短期的な譲渡所得税の変化の場合でも、すでに導入されている譲渡所得税の税率を上げる場合には、税率の上昇が売却を促進する効果をもつことがあることである。つまり、税率をゼロから10%に上げるときには、売却を遅らせるというロック・イン効果が存在しても、すでに20%になっている税率を30%に上げるときには逆の効果が発生する可能性がある。
 山崎論文が分析しているもう1つの問題は、岩田規久男氏が提唱している「含み益利子税付き譲渡所得税」が中立的であるかどうかということである。含み益利子税は、土地の含み益(つまり、未実現のキャピタル・ゲイン)に譲渡所得税率をかけ、それにさらに金利をかけたものをすべての土地所有者に毎年課税するというものである。売却時だけに課税する通常の譲渡所得税にこの種の含み益税を加えると、短期的な税率の上昇についても、土地売却を阻害する凍結効果が発生しないことが示されている1)
 また、岩田氏によって指摘されているように、含み益税は適当な金利を徴収すれば、繰り延べを認めても差し支えない。したがって、売却時点か相続時点にそれまでの含み益税(の現在価値)をまとめて支払うようにすることができる。
 
 実は、この種の譲渡所得税制は1939年にWilliam Vickreyによって提唱されたもの(Journal of Political Economy,June,1939)と基本的に同じである。この種の税制の弱点は、地価の評価が正確でなければならないことである。地価の評価が実勢価格と乖離していると、乖離の方向に依存して凍結効果や逆凍結効果が生じることになる。
 最近、Alan J.Auerbach(American Economic Review,March,1991)は含み益の評価をしなくても、中立的な譲渡所得税を構成することができることを示している。この方式は、保有期間の長さと期間中の金利の水準に応じて税率を上げていくというものであり、八田達夫氏の提唱している「売却時中立課税方式」に対応していると考えられる。この方式の弱点は金利の水準を正しく評価しなければならないことと、税率の計算が素人には難しいことである。
 これらの2方式の譲渡所得税課税方式について、それらの実務的な実現可能性とそれらがもたらすであろう社会的純便益の計量的分析が今後の課題である。
 
 1)金本(1988)で含み益税が逆ロック・イン効果をもったのは、その課税のタイミングが各期の初めであり、売却したときもその期の初めに含み益税が課税され、その後に売却が行われるという定式化を行っていたからである。山崎論文のように、含み益税がその期の終わり(あるいは、次の期の初め)に課税されるとすると含み益税は中立的になる。(Y.K.)
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