季刊 住宅土地経済の詳細

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タイトル 季刊 住宅土地経済 2017年秋季号
発行年月 平成29年10月 判型 B5 頁数 40
目次分類ページテーマ著者
巻頭言1住宅における事故井上俊之
特別論文2-7植松丘証券化と不動産市場の変化
論文10-19日本のマンション市場におけるインフレとバブル永易淳
論文20-29中途解約可能な賃貸借契約の賃料期間構造吉田二郎・瀬古美喜・隅田和人
調査研究リポート紹介30-35パソコン対応型資料集『日本の住宅政策クロニクル&データ2017』 クロニクル&データ事務局
海外論文紹介36-39土地利用規制と土地および住宅の価値小谷将之
内容確認
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ノート
近年、日本の不動産取引価格データの整備が進み、多くの実証分析に利用されるようになってきている。永易論文(「日本のマンション市場におけるインフレとバブル」)は、日本のマンション市場におけるバブルの存在を、この不動産価格データを用いて検証したものである。
従来の分析では、単位根検定や共和分分析を利用して、定常性が棄却されるときにバブルが存在すると認識されてきた。しかし、そこで適用される検定は、統計的には左側だけの片側検定である。そのため、これらの検定では単位根がプラスとなる可能性についてはそもそも検定していないことになる。永易論文は、右側検定によってバブルを検証する手法を紹介し、それを従来の検定方法と並行して実施することで、日本のマンション市場におけるバブルの存在の有無を検証している。
2008年⚔月から2015年までの月次データを用いた分析の結果、マンション価格についてはいずれの検定においてもバブルの存在を示す証拠は見いだされていない。また、通常の左側検定を用いたバブルの検証において、マンション価格の短期的な変動要因として、取引件数と住宅着工件数を説明変数に組み込む形での分析もなされている。永易論文では、その際に取引件数を売り手と買い手の属性(法人か個人か)に基づいて、合計⚔種類の取引形態に分類して分析し、それらの影響を捉えようとしている。分析結果では、買い手が法人の場合の取引件数が増加するとマンション価格が有意に上昇することを見だしている。
この理由として永易論文では、企業のほうが個人よりもリーマンショックからの回復が早かったことや、企業のほうがより多くの関連情報を有していたことなどを挙げているが、あまり説得的なものとは思われない。税制など、個人と法人の行動原理に異なる影響を与えている要因を丁寧に検討することで、より有意義な議論が可能になると思われる。

日本の借家契約については借り手側にのみ解約権がある法制度となっている。このことが賃料に与えている影響を検証することは、日本の賃貸市場の特殊性を理解するうえで不可欠とも言える。
吉田・瀬古・隅田論文(「中途解約可能な賃貸借契約の賃料期間構造」)は、現行の日本の定期借家契約を、法的に借り手側に契約期間中の解約権のオプションを与えるものとして捉え、定期借家の契約期間と賃料の間の関係、いわば、家賃の期間構造を理論的に説明し、検証したものである。
定期借家の契約期間が長いほど、解約権のオプション・プレミアムが高まるから、これを反映して決まる家賃は、このプレミアムを反映して高くなると考えられる。なお、日本の普通借家は事実上期限の定めのない賃貸契約と解釈することができるから、普通借家のオプション・プレミアムが最も高くなる他方で、定期借家において契約期間が短くなると、家主にとっては頻繁に借り手を探す必要があり、このための取引費用が大きくなる効果もあると考えられ、その分、賃料が高まる効果が存在する。これらの二つの効果を考慮すると、取引費用の大きくなる空き家率の高い地域では、短期にはむしろ普通借家より賃料が高くなり、契約期間が長くなると、この効果が低下する一方、上記の解約のオプション・プレミアムが高まる効果が働く。そのため、空き家率の高い地域では賃料の期間構造がU 字型となり、逆に空き家率が小さく、取引費用が小さくなる地域では右上がりになるとの仮説を立てて実証分析している。
分析手順ではまず、物件ごとに普通借家で貸した場合の賃料関数を、ヘドニック分析を用いて導出する。そのうえで、これに基づいて定期借家として供給されている物件が普通借家として供給された場合の予測値を計算し、実際の定期借家契約の家賃が、この予測値に対してどれだけ割り引かれているかを算出する。そして、この算出された家賃割引が、契約期間によってどう変化しているかを観察している。
実証の結果、空き家率が低く、取引費用の小さくなる地域では、(統計的に有意ではないが)上記の割引が契約年数とともに小さくなるのに対して、空き家率の高い地域では、⚑年未満の契約期間の定期借家では、普通借家よりも高くなり、それよりも長い契約期間も含めると、賃料の期間構造がU 字型を描くとしており、この賃料の普通借家からの割引は、空き家率の低い地域と比較して有意に大きくなることを報告している。
全体としてみると家賃の期間構造の議論をしているが、吉田・瀬古・隅田論文の重要な貢献はむしろ、⚑年未満の定期借家契約の賃料が、特に空き家率の高い地域で、同地域の長期の契約とは異なる構造を有していることを明らかにした点にあると思われる。
吉田・瀬古・隅田論文では、この短期の賃料が高くなる理由を、家主による搾取ではなく、取引費用が高くなるためであるとし、その根拠として、一般に信用力の低い借り手が借りていることをデータから確認している。この説明に対する解釈はいろいろありうるだろう。例えば、⚑年未満の契約では敷金や礼金が免除され、それらが月々の家賃に合算された契約が提示されており、保有資産が低い借り手がそのような契約を選択している可能性を示しているかもしれない。また、シェアハウスのような居住形態において定期借家契約が利用されていることなどを反映している可能性も否定できない。一般にシェアハウスでは居住者間での揉め事を回避するために、短期の定期借家契約を用いて、問題の多い借り手に立ち退きを求めるような対策を取っていると言われる。これらが取引費用を形成している点には違いないが、期間構造の議論としてオプション価値を正しく評価するためにも、これらの契約形態についてより詳細な検証も必要なようにも思われる。
いずれにせよ、信用力の低い借り手や資産の少ない借り手であっても、契約期間を短縮することで(シェアハウスなどの多様な居住形態も含めて)、市場で借家が供給される状況が作り出されていることは、定期借家契約を評価するうえでの重要な見解と言うこともでき、この可能性を検出したことは吉田・瀬古・隅田論文の隠れた重要な貢献と考えられる。

日本の住宅市場等を分析する際に、住宅政策や不動産関連税制が、景気対策などを理由に頻繁に修正・変更されていることが、しばしば障害となる。例えば、戦後日本の住宅取得促進政策では、旧住宅金融公庫による融資と住宅ローン減税などが主として用いられてきたが、その貸付対象や適用金利、税控除の対象などは、景気後退時等に頻繁な変更がなされている。それらを漏れなく網羅的に確認する作業が、政策効果や制度を研究する場合に、しばしば多大な労力や負担をかけている。
クロニクル&データ事務局編(「パソコン対応型資料集『日本の住宅政策クロニクル& データ2017』」)は、そうした住宅関連の政策や税制などについての、さまざまなデータや資料を時系列で整理し、さらにエクセルを用いて簡単に抽出できるようにまとめられたものである。
内容は、①昭和20(1945)年から平成28(2016)年までの太平洋戦争後の年表、②その関連資料、③統計データ案内からなる。
①の年表はさらに「社会経済・政治」に関する年表と「住宅政策等」「税制」「金融」の⚔分野に分類され、その中もさらに詳細なサブカテゴリーに分類されている。これらのカテゴリーを使って年表抽出ができるほか、エクセルのキーワード検索機能を用いて、必要な情報を年表として抽出することもできる。収録されている年表情報はかなり詳細で、この抽出年表をまとめるだけでも、簡単な戦後経済史のレポートなら造作もなく書けてしまうのではないかとさえ思われる。
②の年表関連資料は、「住宅政策関連」「税制関連」「住宅金融公庫・支援機構関連」の関連するPDF 資料やWeb サイトへのリンクが設定されている。特に、「税制関連資料」には「住宅税制個別とりまとめ資料」「基本税制資料」「大綱・要綱・与党大綱・地方税改正案要旨」および「土地・住宅税制に大きな影響を持った大綱や答申」に関する資料が整理収録されている。このような詳細で網羅的な住宅税制関連資料集は、他に思いつかない。多くの実証分析では単なる期間ダミー変数などで拾い上げるしかなかった税制の違いを、この資料を使うことで、より詳細に検証できる仮説設定も可能になるだろう。
素晴らしい年表・資料集であるだけに、今回の編纂で終わらずに、継続的な改訂と定期的な機能拡充を期待したい。(H・S)
価格(税込) 786円 在庫

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