タイトル | 季刊 住宅土地経済 2019年春季号 | ||||
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発行年月 | 平成31/令和1年04月 | 判型 | B5 | 頁数 | 40 |
目次 | 分類 | ページ | テーマ | 著者 |
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巻頭言 | 1 | 住宅双六 | 日原洋文 | |
特別論文 | 2-8 | 地方創生とポートランド | 中村良平 | |
論文 | 10-19 | 福島原子力発電所事故が住宅地に与えた損害の計測 | 川口大司・行武憲史 | |
論文 | 20-27 | 自然災害とコミュニティ崩壊 | 庄司匡宏・赤池孝行 | |
論点 | 28-34 | 縮小都市の住宅市場と土地利用 | 鈴木雅智・浅見泰司 | |
海外論文紹介 | 35-39 | 家計はどのように浸水リスクを認識しているか? | 中井美和 | |
内容確認 | バックナンバーPDF | |||
エディ トリアル ノート | 本号においては、復興政策および人口減少下の住宅政策など、政策的要請の強い分野についての3本の論文の投稿をいただくことができた。 ◎ 川口・行武論文(「福島原子力発電所事故が住宅地に与えた損害の計測」)は、福島第一原子力発電所事故がもたらした被害を、緻密な実証分析手法によって計測した論文である。このような大きな事故が起きた場合には、直接的な被害を受けた地域に対しては、政府やその事故を引き起こした主体が何等かの根拠に基づく賠償を行なう。しかし、今回の事故のような、放射性物質が広域に拡散するような効果をもたらしたケースにおいては、避難や賠償の対象とならなかった周辺地域の被害者の全体像は、必ずしも明らかにされることがなかった。 川口・行武論文は、そのような問題意識に立ち、基本的には差の差分分析(DID)と同じフレームワークで、放射能汚染に起因する住宅地の取引価格の変動を計測することで、より広い意味での被害の全体像を明らかにしている。その結果、放射能汚染が10%増加するとき住宅地価格を0\_h.\/21%下げることが示されている。さらに、避難指定区域外の原発事故による損害総額は、日本の総土地価値の0\_h.\/13~0\_h.\/25%にあたる1\_h.\/5~3\_h.\/0兆円に達するという結果を指摘している。 川口・行武論文の特徴として、第一に、上記のような作業を、取引価格と航空機モニタリングデータによる汚染データなど精度の高いものに基づいて行なっているという点が挙げられる。第二に、実証モデルとしてのヘドニック法を採用するにあたって、サンプルセレクションバイアスに対して、先行研究に従ってデータのトリミングを行なうなど、きわめて慎重な配慮がなされている点を挙げることができる。第三に、DID分析を適用する際に必要な条件である「共通トレンド仮定」や「処置効果の安定性仮定」などについても、プラシーボテスト等を用いたフォローアップを行なっている。以上のような観点から、川口・行武論文の価値は「極めて緻密な実証分析およびその頑健性のチェックによって、これまで必ずしも明らかにされてこなかった広義の原子力事故被害を明らかにした点」にあると評価することができよう。 川口・行武論文の評価にあたって、いくつかの課題を指摘したい。まず、論文中で触れられているように、汚染度の高い地域ほど事故後に土地の取引件数が低下している事実がある。実証分析ではこれらの事実を反映したサンプルセレクションバイアスに対する適切な対応が行なわれているが、より本質的な問題を孕んでいると考えることはできないだろうか。汚染度の高い地域では事故前の土地取引件数が0~4であり、汚染度の低い地域と桁が3つ違うような状況に置かれている。これは、汚染度の高い地域が極めて特殊な取引しか発生しない、通常の土地市場から分離された市場におかれていた状態にあったと考えることはできるのではないかということである。その場合、ヘドニック法を適用する条件である「地域間の移動が自由で移住費用がかからない」という前提が成立しているかどうか検討を加える必要があるだろう。 また、川口・行武論文では汚染度の高い地域の地価が時間とともに回復しているという事実も発見し、それは除染や補償の見通しがたったことに起因するとしている。しかし、行動経済学等で指摘されているような、人々の認識に大きなショックを与えたイベントが時間の経過とともに忘却されていく現象と、この地価の動きは関係はないだろうか。この点については、補償すべき被害とは何かという点について川口・行武論文がより大きな問題を投げかけていると考えることも可能であろう。 ◎ 庄司・赤池論文(「自然災害とコミュニティ崩壊」)は、建設型仮設住宅避難者に対するアンケート調査によりデータを収集し、住宅入居時および発災2年半後における、社会的孤立の認識程度の規程要因を明らかにしている。その結果、第一に、入居当時では3割の入居者が仮設住宅内でいっさい話し相手もおらず、6割弱が体調不良などの緊急時に手助けを頼める人が一人もいなかったこと、また、調査時では仮設住宅内で話し相手がまったくいない人は約5%まで減少したが、4割の人が誰にも手助けを頼めなかったことが判明している。さらに、建設型仮設住宅避難者の孤立には二つのタイプがあることも発見している。第一のタイプは、入居時からネットワークが小さく、その後調査時ネットワークも依然として他の避難者より小さい孤立者である。このタイプには若者や内向的個人が含まれる。第二のタイプは、入居時は平均的であったものの、避難生活中のネットワーク形成が停滞するタイプであり、これには男性や無職者が当てはまるという指摘がなされている。 このように庄司・赤池論文は、アンケートによって収集された貴重なデータによって、今後の復興政策の実施にあたって必要な、きめの細かい配慮を促す重要なインプリケーションを導いている。 このような評価の上にたって、いくつかの問題提起をしたい。まず、収集されたデータの内容を示す記述統計をみると、例えば平均年齢が60歳弱になっているなど、必ずしも避難を行なった人、あるいは仮設住宅に居住する人を代表する集団の特性と合致しないと思われる部分があることである。これはアンケートが建設型仮設住宅を対象としていることに起因すると考えられよう。確かに、それがアンケートの回収率を高めることができたという成果をもたらしている。しかし、このように集団の特性に一定のバイアスが生じている場合には、サンプルセレクションバイアスを処理する何等かの対応が求められよう。例えば、どのような人が仮設住宅に入居するのか、そのうちどのような人がみなし仮設に、どのような人が建設型仮設住宅に入居したのかという分析を組み合わせて解釈を行なうことで、より深いインプリケーションを導くことが可能なのではないだろうか。 次に、これと同様のこととして、男性が仮設住宅内での孤立を深めることが、相対的に深刻であるという指摘もなされている。この点については、男性のネットワーク形成の仕方が職を通してのそれに依存しているなど、そもそものネットワーク形成の性別の差異などの分析と組み合わせることで、より深い政策的な示唆を得ることができるだろう。 ◎ 鈴木・浅見論文(「縮小都市の住宅市場と土地利用」)は、住宅の耐久性に基づく価格競争、市場からの淘汰を明示的に扱い、都市の空間構造を分析するモデルを提案したものである。具体的には標準的な付値地代による都市構造の決定モデルに、住宅の放棄コストを導入した点、および現在政府が推進している長期優良住宅を明確に意識した高品質住宅と低品質住宅という2種類の質の住宅をモデルの中で取り扱っている点を特徴として捉えることができるだろう。 このことにより、家賃が正すなわち利用価値がある場合でも資産価値が負となり中古住宅の売買が困難となりうること、都市に近い住宅地では需要が維持されるものの都心から離れるにつれて一部の住宅が放棄され居住密度が低下した住宅地が出現すること、都心から離れた辺縁部では完全に住宅が放棄されること、などの理論的な帰結が導かれている。これらの結論は、都市の郊外部で空き家、空き地が大きく増えている事実と整合的で、現在の日本が置かれている状態をうまく説明していると考えることができる。 さらに、鈴木・浅見論文では社会厚生の比較も行なっており、長期優良住宅のような高品質住宅が郊外部分で密度が低い状態で残存する場合には、戸数は少ないものの居住密度が低い市街地を維持するための社会的費用が増加し、社会厚生が低下する可能性についても言及している。 これは非常に重要なインプリケーションだと捉えることができる。鈴木・浅見論文の仮定は、このような高品質住宅は「2期間にわたる需要がある立地であり、かつ建設者に十分な所得(建設資金)がある」という二つの条件を満たした場合にのみ建設されるというものである。しかし、現実には長期優良住宅の建設にあたってそのような条件は十分には加味されていないだろう。このようなスペックの高い住宅の公的資金による投入が社会的なコストをかえって増高させてしまう可能性は、鈴木・浅見論文の示唆よりも高いものと受け止めるべきではないだろうか。 そのような意味において、論文の最後に書かれている理論的な課題は多くあるものの、政策的な示唆に富んだものと評価することができる。 (M・N) |
価格(税込) | 786円 | 在庫 | ○ |
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