季刊 住宅土地経済の詳細

No.121印刷印刷

タイトル 季刊 住宅土地経済 2021年夏季号
発行年月 令和3年07月 判型 B5 頁数 40
目次分類ページテーマ著者
巻頭言1住宅分野における日緬関係橋本公博
特別論文2-7ウォーカブルな都市空間の形成浅見泰司
論文10ー18鉄道建設にともなう沿線住民の変化について三輪富生・王莉莎・姜美蘭
論文19-27住宅資産と高齢者の消費行動岩田真一郎・行武憲史
論文28-35東京圏における人口分布の構造変化福田紫
海外論文紹介36-39鉛の遺産野村魁
内容確認
PDF
未公開
エディ
トリアル
ノート
 総務省によると、2019年度の都道府県別の転入者数は39都道府県で増加し、8県で減少という状況であった。一方、2020年度は、増加した県はわずか5県で、42都道府県で減少という、コロナ禍の影響が、都道府県間の移動の様相を大きく変化させた。戦後以降、人口移動は、日本の都市の成長や課題と密接に関連してきている。今後も高齢化や人口減少、あるいは都市機能のDX(デジタルトランスフォーメーション)などの時代をむかえ、人口構成はますます注視していかなくてはならない。今号では、人口構成に関する研究が2つ、高齢者の住宅資産と消費行動に関する研究が1つであった。

 三輪・王・姜(「鉄道建設にともなう沿線住民の変化について」)は、名古屋市に2000年1月から2004年10月にかけて開通した2つの市営地下鉄、名城線東側区間と名古屋臨海高速鉄道あおなみ線を対象に、沿線周辺においてジェントリフィケーションが生じたかどうかを、Bardakaらの研究にならいDifference-in-Differencesの手法を用いて分析している。
 ジェントリフィケーションは都市問題として扱われる。都市の中心や便利な地域にある貧しい地区や有色人種などのコミュニティーの再開発などをきっかけに、高い教育を受けた裕福な若い人々がその場所へ移動し始める。古い住宅やさびれた商業施設などが取り壊され、建物は新しく高い仕様のものに変わり、これまで住環境が良くないとされていた地域が魅力的な場所に生まれかわる。しかしその裏では、それまでそこに住み、コミュニティーを築いてきた人々の生活費や雇用環境を大きく変えてしまう。新しい環境にうまくなじみ、仕事を得て暮らしていける場合はよいが、そうでない場合はその場を離れなくてはならない。このことが、ジェントリフィケーションが都市問題として扱われる理由である。
 この点をみるために、本研究のDID手法のアウトカム変数として、世帯年収、学士保有率、管理的職業従事者割合、専門的・技術的職業従事者割合を用いている。
 彼らの推定結果によると、名城線沿線においては、一部、世帯年収の高い人々の流入がみられる。しかし、その他のアウトカム変数についてはその効果がみられていない。あおなみ線においても世帯年収が高い人々の流入がみられる地域がある一方で、世帯年収が低い人々の流入があった地域の存在が確認されている。ジェントリフィケーションの効果があまり明確でない結果となっている。
 原因としては、DID手法における介入群と制御群の駅から同心円による分け方、外生的ショックのタイミングがあげられるであろう。今回の対象となっている路線のうち、名城線については、環状線化にすることが1960年代にすでに決まっていた。それから、全線開通までの2004年まで、断片的な開発が非常に長きにわたって続いており、鉄道建設の影響がぼやけている可能性がある。また、環状線のため、駅から都心側と郊外側でその効果が異なり、相殺されてしまっている可能性も考えられる。
 興味深い結果もみられる。一部の地域で世帯年収の減少が確認されている。先述のように、ジェントリフィケーションは、再開発によって都市が便利になるだけでなく、そこに存在していた低所得者の追い出しやコミュニティーの破壊の側面をもつ。この世帯年収の低い人たちの流出行動がうまく拾えると、ジェントリフィケーションの全体像をとらえられる。

 岩田・行武論文(「住宅資産と高齢者の消費行動」)は、高齢者が所有している持ち家の価値が上昇した場合に消費行動が変化するかどうかを分析している。なぜ、住宅価格が上昇すると消費が増えるのか。交絡要因以外に3つの経路が説明されている。1つめは所有している住宅を売却し、小さい住宅などに引っ越すことで得られた売却益を消費にまわすという経路、2つめはリバースモーゲージの利用、3つめは著者らが分析の対象としている遺産動機経路である。
 2つめのリバースモーゲージは、退職後、今住んでいる住宅をバリアフリーにリフォームしたいと思っても、資金が十分にない。そんな時に、住宅を担保に入れ金融機関から融資を受ける制度で、住宅を売却することなく資金融資を受けられ、さらに最終的には担保の住宅を売却することで融資を受けた資金を一括返済できる。その際に金融機関の担保評価の見直しは定期的に行なわれるため、住宅価格が高騰してくると担保制約が緩くなり消費が刺激されるわけだ。
 3つめの遺産動機は、子ども世代の経済的支援のために住宅を残す、あるいは子ども世代が近くに居住している場合に、将来住宅をわたす、あるいは同居して住宅サービスを提供する代わりに金銭的援助を子ども世代から受ける場合などもある。これらを家庭内リバースモーゲージと呼んでいる。
 以上の経路の実証を慶應義塾大学が実施した日本パネル調査のデータを用いて、消費関数を推定することで行なっているが、データの制約から1つめと2つめの検証については十分な結果が得られていない。一方、子どもがいる高齢住宅所有者世帯に限った固定効果分析結果によれば、消費に対する住宅価格の正の影響がみられ、同一世帯内での住宅の評価額の上昇は、消費を増やす傾向にあることがわかった。対照的に、子どもがいない住宅所有世帯の傾向は逆で、消費を減らすことがわかった。ただ、記述統計をみると、子どもあり世帯の年収平均値718万円、子どもなし世帯のそれが487万円と250万円近くの差がある。この差は大きく、そもそも消費行動の違いが存在しているグルーピングになってしまっている可能性がある。いずれにせよ、リバースモーゲージの利用状況と遺産動機との関係の分析は、今後の高齢時代において、あるいは空き家などにみられる住宅問題にとっても重要なテーマであろう。

 オランダの都市人口学者であるクラッセンらが提唱した人口の変化と都市の成長段階の実証結果は有名である。都市圏を中心エリアと郊外エリアにわけ、それぞれのエリアでの人口増減の組み合わせと都市の成長段階のライフサイクルを関係づけている。x-y軸上に、それらの組み合わせの変化をプロットし、最近20年の東京都市圏はどの段階からどの段階へ変化したかをみるのは面白く、学部ゼミのよい練習課題になる。
 さて、福田論文(「東京圏における人口分布の構造変化」)では、中心エリアと郊外エリアの人口変化の方向の違いが、人口に対する地代(地価)の弾力性とどのような関係にあるのかを、理論と実証の両方で分析している。理論では都市経済学の古典モデルであるAlonsoモデルの敷地面積を、住民数の減少関数として導入し展開し、地代が人口増加に対して非弾力的であれば、都心エリアへ人口が流入し、弾力的であれば郊外へ人口が出ていくという現象を導いている。さらに2000年以降の大規模開発・超高層タワーマンション建設ブームを、敷地の供給量の増大ととらえ、モデル上では規制緩和として扱っている。そして、この土地利用に関する規制緩和が人口増加に対する地代の弾力性を低下させ、都心エリアでの人口増加を加速させることを導いた。
 実証分析では、東京圏を対象にして市区町村別データを用いて2つの推定を行なっている。1つめは、人口に対する地価の弾力性を固定効果モデルで推定している。分析は1981年~1992年と1996年~2018年の2期間に分け、対数線形モデルで計算している。その結果、前半期間では人口増加に対する地価の弾性値が2以上、後半期間では2未満となった。このことは1992年までは人口が郊外分散型であったのが、1996年以降は都心回帰型になったことを示している。
 この現象をさらに人口の変化分を被説明変数とし、都心からの距離変数に単純に回帰したモデルでも確認している。この距離変数の係数値は、前半期間では正となり都心からの距離が遠くなるほど人口成長が起きていることがわかり郊外化が示された。後半期間では係数値が負となり都心での人口成長が進んでいることがこちらの推定モデルからも示されている。
 このように理論と実証の両方から、郊外化と都心回帰の様子を示した興味深い論文である。ただ、政策的インプリケーションのところで著者も述べているように、政策への提言を行なうには、この期間に人口構成や土地利用に影響を与えるような政策を明示的に扱った実証分析が必要だろう。戦後の都市の成長、あるいは人口分布の変化は、多くの住宅や土地利用に関する政策の影響があったことがわかっている。そしてそのことが今の都市課題につながる。今後、より具体的な政策提言が可能な分析が期待される。(H・Y)
価格(税込) 786円 在庫

※購入申込数を半角英数字で入力してください。

購入申込数