タイトル | 季刊 住宅土地経済 2022年春季号 | ||||
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発行年月 | 令和4年04月 | 判型 | B5 | 頁数 | 40 |
目次 | 分類 | ページ | テーマ | 著者 |
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巻頭言 | 1 | コロナ禍に学ぶ都市と地域の未来 | 藤田昌久 | |
特別論文 | 2-7 | クリエイティブ・クラスと格差と地域の発展 | 原田泰 | |
論文 | 10-19 | 九州新幹線開通の都市集積への影響 | 岡本千草・佐藤泰裕 | |
論文 | 20‐27 | 介護施設と高齢者世帯の転居 | 隅田和人・中澤克佳・川瀬晃弘 | |
論文 | 28-33 | 地震リスクが日本の不動産価格に与える影響 | 生藤昌子・ロジェーJ. A. ラーヴェン・ヤンR. マグナス・樂園 | |
海外論文紹介 | 34-37 | 住宅供給制約と人口分布の非効率性 | 相場郁人 | |
内容確認 | 未公開 | |||
エディ トリアル ノート | 季刊 住宅土地経済 2022年春季号 №124エディトリアルノート 今号においては、地域の活性・安心・安全が求められる日本にとって示唆に富む3本の論文が投稿された。 ◎ 新幹線による交通網の整備は時間短縮を含む輸送費の低下を通じて、経路上の経済活動の分布に影響を与える。最新の新地理経済学の研究によると、混雑現象が深刻ではない都市圏では、輸送費の低下は経済活動を分散させるよりも集積させる力が強く働くという。この結果、輸送費が低下すると、経路上の小さな都市が大きな都市へ飲み込まれてゆくストロー効果を引き起こすことになる。岡本・佐藤論文「九州新幹線開通の都市集積への影響:ヘドニックアプローチによる分析」は、このストロー効果を実証したOkamoto and Sato(2021)*を紹介している。 岡本・佐藤論文では、新幹線開業によって経済活動が盛んになれば、その成果は経路上の土地価格に帰着すると考え、経路上に存在する都市圏の新幹線開業前と開業後の地価データを整備している。開業後の地価が開業前に比べ高くなっていれば、それは新幹線開業によって経済活動が盛んになった証拠になる。ただし、新幹線の因果効果を正しく推計するには、仮に新幹線が開業されなかったときの地価の推移が上記の推移と異なることを示す必要がある。なぜなら、この仮想的な状況の際にも地価が上昇していれば、それは当然新幹線の開業と異なる要因によることになるからである。そこで、経路上にない九州内の都市圏(似たような条件にもかかわらず新幹線が開業しなかった地域)の開業前後の地価データも集めることによって、仮想的に新幹線が開業されなかったときのデータを構築するという工夫をしている。 分析では九州内の都市圏を中心都市のDID人口が5万人以上の大都市(雇用)圏(経路上に6つ)と、1万人から5万人の小都市(雇用)圏(経路上に4つ)に分けて分析している。経路上の都市圏を大小それぞれ一つずつにまとめたベンチマークの分析では、新幹線開業によって、経路上の大都市圏の地価は、経路上にない大都市圏の地価よりも上昇したことが示されている。これは、予想通りの結果であろう。しかし、小都市圏では、新幹線開業の効果は期待したようには見られなかった。 分析のハイライトは、新幹線開業後の地価の推移が大都市圏の間で跛行的になることを示した点であろう。すなわち、大都市圏の中でも比較的規模が大きい都市圏(福岡、熊本、鹿児島)の地価は上昇したが、規模の小さい都市圏(八代、大牟田)では地価は下落した。この結果は、ストロー効果を見事に見出しただけではなく、改めてインフラ整備による小都市の地域活性化の難しさを浮き彫りにしたと考えられる。 岡本・佐藤論文では、都市圏間だけではなく、都市圏内の地価の変化も追加的に分析している。すると、都市圏内においても地価は一様に上昇するのではなく、停車駅の近くのみに限定され、駅から離れると上昇効果は薄れていくことがわかった。新幹線開業はすでに経済活動が集中していた場所にさらなる経済活動の集中を促進したことを示唆する。 ◎ 2000年の公的介護保険制度の導入により、家族が担ってきた高齢者介護の一部が市場で代替されるようになった。しかし、施設介護サービスについては、都市部を中心に需給が逼迫し、施設不足や入居費用の高さが問題になっている。このような状況下では、介護施設の将来利用を考える高齢者世帯は、需要に対して供給の多い地域への移住を考えるようになるかもしれない。隅田・中澤・川瀬論文(「介護施設と高齢者世帯の転居:家計パネル・データによる分析」)は、介護施設が量的に充実している地域に高齢者世帯が転居するかいなかを実証したSumita, Nakazawa and Kawase(2021)**を紹介している。 隅田・中澤・川瀬論文では、個票のパネル・データを用いることで、どのような特徴をもつ高齢者世帯が転居しやすいのかを明らかにしようとしている。問題は、住居変更に伴い転居世帯がサンプルから脱落してしまう点である。そこで、脱落サンプルが転居によって脱落したと確認された場合は、転居世帯に含めるという工夫を試みている。分析の結果、借家世帯や単身世帯は、居住する自治体の施設介護サービスが量的に充実するとそこに止まる傾向にあることを確認している。 2011年には、施設不足を解消するため、サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)の建設に対する補助制度が実施された。ただし、現在のところ、サ高住が建設された地域もあれば、建設されていない地域もある。そこで、隅田・中澤・川瀬論文では、補助制度実施前後の高齢者世帯の転居行動の差が、サ高住が建設された自治体に住む世帯と建設されなかった自治体に住む世帯で差があったのかを実証している。その結果、サ高住が建設された自治体に住む一部の年齢層で転居が抑制されることを見出している。 需給逼迫を解消することが難しい自治体に住む高齢世帯にとっては、自治体を超えた介護移住は有効な手段だと考えられる。この点を捉えるため、隅田・中澤・川瀬論文では、周辺自治体の施設介護サービスの量的な充実度も計算し、その影響を検証している。しかし、予想に反して、高齢者世帯がこのような移住行動をとることは確認できなかった。このことは、需給逼迫のない地域に補助制度などを活用して施設を建設しても、介護移住そのものが起きにくいため、割り当て問題は改善されないことを意味する。 ◎ 地震リスクを認知した経済主体はそのリスクを考慮して行動する結果、不動産価格に影響を与えるだろう。『季刊住宅土地経済』においても、これを題材にした研究紹介が増えてきた。Ikefuji, Leaven, Magnus and Yue(2021)***を紹介した生藤・ラーヴェン・マグナス・樂論文(「地震リスクが日本の不動産価格に与える影響」)は既存研究に新たな知見を加えた研究である。 生藤・ラーヴェン・マグナス・樂論文は、地震発生のリスクを短期(今後90日以内)と長期(今後30年以内)に分けて分析している。既存文献では、自治体や防災科学研究所などが公表した地震発生リスクをそのまま活用した研究が多い。生藤・ラーヴェン・マグナス・樂論文も、長期の地震発生リスクに関しては防災科学研究所J-SHS地域ハザードステーションが公表する値を活用している。一方、短期的リスクに関しては、地震予測の統計モデル(統計数理研究所の尾形良彦名誉教授が開発した点過程ETASモデル)を活用して、気象庁のデータから地震発生確率(震度5.5以上)を得る工夫を試みている。 実証の結果、不動産価格は長期的な地震リスクに関しては、予想通り割り引かれるが、短期的な地震リスクには、予想に反して反応しなかった。身近に迫るリスクに対して不動産価格が反応しないのは、短期のリスク認知に歪みが生じている可能性が考えられる。すなわち、経済主体はたとえ客観的な地震発生確率を知らされても、それを正しく把握できないということである。この客観確率と主観確率のずれは行動経済学では確率加重変数によって説明がつくことが知られている。生藤・ラーヴェン・マグナス・樂論文の推計よると、経済主体は、短期の客観地震発生確率が小さい場合は発生確率を無視する傾向にあるが、客観地震発生確率が高い場合はそれを過大評価することがわかった。このことは、経済主体の認識が地震確率に対してより敏感になっていることを意味する。このため、この短期の主観地震発生確率の上昇に対しては、不動産価格は負に反応することになる。 経済主体が標準的な経済学で考えられる行動をとるならば、正確な情報を認知すれば、地価はそれを正しく反映するはずである。一方、生藤・ラーヴェン・マグナス・樂論文に示されるように、経済主体が標準的な経済学に反する行動をとることを考慮すると地価も歪んだ形で反映する。地震発生リスクの情報伝達は改善する余地がありそうである。(S・I) *Okamoto, C., and Y. Sato(2021)“Impacts of High-speed Rail Construction on Land Prices in Urban Agglomerations: Evidence from Kyushu in Japan,”Journal of Asian Economics, Vol.76, 101364. **Sumita, K., K. Nakazawa, and A. Kawase(2021)“Long-term Care Facilities and Migration of Elderly Households in an Aged Society: Empirical Analysis Based on Micro Data,”Journal of Housing Economics, Vol.53, 101770. ***Ikefuji, M., R. Laeven, J. Magnus, and Y. Yue(2021)“Earthquake Risk Embedded in Property Prices: Evidence from Five Japanese Cities,”Journal of the American Statistical Association, Forthcoming. |
価格(税込) | 786円 | 在庫 | ○ |
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