季刊 住宅土地経済の詳細

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タイトル 季刊 住宅土地経済 2022年夏季号
発行年月 令和4年07月 判型 B5 頁数 40
目次分類ページテーマ著者
巻頭言1新たな日常対応に伴う政策デザインの転換淡野博久
特別論文2-7産学連携による相続データ空間分析大澤義明
論文10-19日本における不動産の金融化菊池慶之
論文20ー27広告掲載価格と成約価格の乖離について武藤祥郎・鈴木雅智
論文28‐35日本のバブル期における住宅価格の変動が家計の生涯生涯効用に 与えた影響菅史彦
海外論文紹介36-39中国都市部における疫病ショックに対する住宅価格の反応吉田惇
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 低金利が政策的に続く日本において、投資先の候補として不動産が挙げられるのは自然なことかもしれない。実際、不動産証券化の諸制度が導入された1990年後半以降、不動産の金融化が急激に進展した。この商品は不動産の収益率に依存するため、立地点が重要になる。したがって、投資先は空間的に不均等になることが予想されている。Kikuchi, Teshima, and Yoshino(2021)*およびこの論文のその後の状況を紹介した菊池論文(「日本における不動産の金融化――中核-周縁構造の形成」)は、この予想に答える研究である。
 菊池論文は、2001年から2020年の期間に東京証券取引所に上場した108法人の不動産投資信託(REIT)の取得不動産について分析を行なっている。このため、どのような属性をもつREITが、どのような時期に、どのような地域のどのような用途の不動産を投資対象としたのかを明らかにできる。
 REITの導入を契機とした不動産の金融化は、金融システムの正常化に貢献し、バブル後の地価の下落を止めた。しかし、REITによる不動産取得額の割合は、予想通り地域的な偏りが大きい。すなわち、不動産金融化の浸透度は東京圏を圧倒的な頂点として、大阪・名古屋圏、広域中心都市圏が後を追い、そして最後に地方圏が続くことになる。ただし、投資主体が多様化(新規の外資系企業や国内事業会社がスポンサーとなるRIET)されるにつれ、地方圏でも観光資源のある地域(大分県・沖縄県)や新幹線が整備された地域(石川県・熊本県)において不動産の金融化が浸透しつつあることが示されている。
 RIETの取得対象となる不動産の用途についても詳しく分析されている。菊池論文によると、オフィスビル、住宅、商業施設といった古くから賃貸不動産として市場が確立してきたコア・アセットから物流施設、ホテル、ヘルスケアといった市場規模が小さく、オペレーター(テナント)の運営能力に収益が左右されるオペレーショナル・アセットへの投資比重が増えているという。この増加の背景には、オペレーショナル・アセットに関する法整備に加え、新規参入したREITがそのノウハウを活かして不動産を取得していることが挙げられる。投資対象は地域の異質性も見られる。すなわち、大都市圏・広域中心都市圏では従来のコア・アセットが中心だが、地方圏ではオペレーショナル・アセットが中心になっている。
 菊池論文はこのようにREITの投資対象が地域経済の実態を映す鏡になっていることを鮮やかに見出している。今後の興味としては、REITの投資対象の地理的な不均一性が最適かどうかを検証することであろう。また、今回の研究では都市圏間の比較が中心であったが、都市圏内の偏在も興味深い。

 住宅ストック数が総世帯を上回るようになってから久しい。このため、保有する家屋に居住しなかったり、家屋をその他用途で利用しなかったりする家計が増えている。このような家計は既存住宅市場で活用しない保有住宅、すなわち空き家を売却するのが合理的と思われる。しかし、それを試みる空き家のうち、実に3分の1程度が成約まで至らないという。その理由として、特に低価格帯の物件を中心に売り手の売却価格設定が過大になっていることが指摘されている。武藤・鈴木論文(「広告掲載価格と成約価格の乖離について――わが国の住宅価格形成における検証」)は、この理由が実際に起きているのかを検証した論文である。
 なぜ低価格帯の物件の売り手は売出価格である広告掲載価格を過大に設定するのだろうか。武藤・鈴木論文は「プロスクペクト理論」の一部の考え(損失回避行動)を活用してこの説明を試みている。広告掲載価格は空き家を売り出す際の手間・調査費の損失を埋め合わせるように設定される。仮に広告掲載価格が市場価格より高めに維持すると、市場では供給が需要を上回り、売れ残りが発生する。標準的な経済学では、このようなときには、売り手は広告掲載価格の低下を受け入れて住宅を売却すると考える。しかし、広告掲載価格が参照価格になる場合、売り手は広告掲載価格が低下することを受け入れようとしない。なぜなら、そのようにすることで損失を回避できるからである。武藤・鈴木論文では、低価格帯の物件ほど、手間・調査費がかかるため、広告掲載価格の低下を受け入れないと考えている。
 実証分析では、低価格帯の物件の広告掲載価格が実際の成約価格に比べて高くなるかを確認する。価格データに関しては、広告掲載価格を株式会社アットホームが提供しているデータ(同社ウェブサイト)から、成約価格データを(公社)東日本不動産流通機構が提供しているデータから、それぞれ取得している。問題は、物件の識別番号がないため、同一物件の広告掲載価格と成約価格が得られないことである。そこで、2つの異なるデータから、できるだけ似ている、すなわち属性が近い物件を(「傾向スコアマッチング」を活用して)探し出し、そのペアの広告掲載価格と成約価格を比較するという工夫を試みている。
 分析の結果、広告掲載価格は成約価格に比べて約12%も高いことが示された。また、その乖離率は、築年数が古く、床面積が小さく、駅から遠い、低価格帯の物件ほど大きくなることが予想通り確認できた。
 広告掲載価格と成約価格が乖離すると、取引成立が困難になり、空き家物件が市場に滞留するようになるだろう。これは、売り手個人だけではなく、周辺にも問題を生じさせる。なぜなら、『季刊住宅土地経済』においても紹介論文が増えているように、品質の低い空き家物件の存在は、環境を悪化させることを通じて、周辺物件の価値にも悪影響を及ぼすからである。したがって、武藤・鈴木論文は低価格帯の物件を中心に適切な取引が成立するような価格付けを促す政策が求められると指摘する。

 バブル崩壊前夜に住宅を購入し、その後の住宅資産価格の下落を思い出したくない人は少なくないだろう。東京郊外に分譲団地を購入した頼子(垣谷美雨[著]の『ニュータウンは黄昏れて』の主人公)がそのような人物だ。バブルが崩壊するとは露知らず、住宅を売りに出すこともできず、ローンの返済に苦しみ、あげくタイムマシーンで過去に戻れたならと想像し、後悔する様子が描かれている。頼子が考えたように、もしもバブル期の住宅価格の乱高下が起こらなかったら、頼子はどれほど苦しまずにすんだだろうか。Niizeki and Suga(2021)**を紹介している菅論文(「日本のバブル期における住宅価格の変動が家計の生涯効用に与えた影響」)は、まさにこの問いを題材とした興味深い研究である。
 仮想(反事実)的な状況をシミュレーションするには、現実世界(事実)を忠実に描写するモデルが必要になる。菅論文では、実際の家計のライフサイクルに応じた金融資産と住宅資産の蓄積額、および住宅保有率を予測できる理論モデルの構築を試みている。
 理論モデルでは、家計は、変動する所得、住宅価格、利子率を考慮しながら、予算制約や担保・借り入れ制約の下で、住宅消費とその他の消費に依存する生涯効用が最大になるように意思決定を行なう。
 先に言及した予測値の計算に必要なパラメーターの一部は既存研究の値を用いたり、実際のデータから推定したりして、取得する。この作業から得られない残りのパラメーターは、実際の『家計調査』(総務省)の値を説明できるように推計されることになる。このようなていねいな作業を通じて得られた金融資産と住宅資産の蓄積額、および住宅保有率の予測値は、それらの現実的な動きと近いことが示されている。
 菅論文のハイライトは、バブル期のような住宅価格の乱高下が起こらず、仮に住宅価格が安定していたならば、という仮想シミュレーションの分析である。興味深いことに、このような仮想化で、家計はむしろ住宅購入を早め、住宅資産の蓄積を増やすことがわかった。また住宅価格が安定している結果、金融資産を減らしても、生涯消費が落ち込まず、生涯効用が上昇することも確認できた。
 いったい、頼子のようにマイナスの影響を受けた家計はどの程度損したのだろうか。計算によると、それは実に生涯所得の約6%の低下に相当する。(S・I)
*Kikuchi, Y., K. Teshima, and K. Yoshino.(2021)\_c00672The Financialization of Real Estate in Japan: The Formation of a Core-Periphery Structure,\_c00673Regional Studies, Vol.56, p.128-139.
**Niizeki, T., and F. Suga.(2021)\_c00672The Impact of the Rise and Collapse of Japan\_c00096s Housing Price Bubble on Households\_c00096 Lifetime Utility,\_c00673Journal of the Japanese and International Economies, Vol.60, 101136.
価格(税込) 786円 在庫

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