季刊 住宅土地経済の詳細

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タイトル 季刊 住宅土地経済 2024年夏季号
発行年月 令和6年07月 判型 B5 頁数 40
目次分類ページテーマ著者
巻頭言1花博に寄せて河村正人
特別論文2-7「集中」と「分散」を巡るラプソディ谷口守
論文10-19賃貸住宅市場における市場シェアと家賃の関係鈴木雅智・清水千弘
論文20-27自動運転車の普及と住居地選択平松燈
論文28-35災害リスク情報と地域間人口移動直井道生
海外論文紹介36-39木造住宅のサプライチェーンにおけるCO₂排出ホットスポット分析今田青治
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 人口減少が進み空き家問題が顕在化している日本では、住宅ストックの有効活用の点から住宅市場の構造を理解することは重要である。日本における住宅市場の定量的分析は十分なデータが存在する需要サイドの分析が多いが、鈴木・清水論文(「賃貸住宅市場における市場シェアと家賃の関係」)は、賃貸住宅市場の供給構造に焦点を当て、賃貸住宅市場における経営・管理の市場シェアと家賃の関係を定量的に分析した貴重な研究である。
 日本の賃貸住宅は相続税対策として建設されることが多い。また、少なからず所有者は経営・管理を賃貸住宅事業者に委託し、かつ空室リスクを考慮してサブリース契約を結ぶ。このとき、各物件の家賃は、その事業者が管理する物件全体での長期的な家賃収入の最大化を踏まえて決定される。
 特定の事業者に経営・管理が集中する独占的状況は、市場に歪みをもたらす。理論的には、大手事業者が価格支配力を持ち、家賃を水準より高く設定する場合、それに合わせ市場全体の家賃も高止まりすることが予測される。一方で、大手事業者が家賃を引き下げ、あわせて市場の家賃水準が下がる可能性もある。例えば、サブリース契約では、入居状況にかかわらず所有者に安定した収入を保証するため、高い家賃で空室のまま放置するより、家賃を下げてでも空室を回避するインセンティブが働き、市場での家賃水準は下落する。
 鈴木・清水論文では、ある大手賃貸住宅事業者の住戸数シェアに着目し、市場シェアと家賃の関係を市区町村レベルのデータを用いて分析している。こうした独占的状況を想定した住宅関連の先行研究はそれほど多くなく、それらの先行研究も住宅金融市場や持ち家市場を対象としたものであるため、賃貸住宅市場を対象とした本研究の貢献は大きい。
 回帰分析による推定では、被説明変数として、自治体ごとの平均家賃水準と、大手事業者の家賃プレミアム率を用いている。家賃プレミアム率については、築年数を考慮した、市場家賃推計値と大手事業者の家賃推計値の差を用いて自治体ごとに計測される。
 キーとなる説明変数である大手事業者の市場シェアは、非常にユニークなデータであり、自治体ごとに、ある大手事業者の管理物件戸数を(2020年1月現在)全体の賃貸住戸数で除したものである。
 分析の結果、大手事業者のシェアが高くなると市場全体の家賃が下がる一方で、家賃プレミアム率には差はみられないことが明らかとなった。これは、大手事業者が空室を解消するために自社物件の家賃を下げ、それにともなって、市場全体の家賃も低下していることを示唆している。これらは住宅金融市場や持ち家市場を対象とした先行研究とは異なる結果となっており、賃貸住宅市場構造の特徴的な傾向が明らかにされている。
 こうした結果が得られた背景としては、事業者は賃貸アパートを建設しサブリース契約を締結したことで一定の収益が得られるのに対し、設定家賃の減額による不利益は所有者負担であり、そのリスクを事業者がおわないということが考えられる。

 鉄道や自動車といった技術の進化による移動手段や交通網の発展は、移動コストの低下を通じて都市構造に大きく影響してきた。現在、自動運転車(Autonomous Vehicle、AV)に関する技術が急速に発展し、各国で実験や法整備等実用化に向けての取り組みも進んでいる。このAVの発展もまた運転手の負担を軽減するといったことを通じて交通コストの低下をもたらし、都市構造に影響を与えると考えられる。平松論文(「自動運転車の普及と住居地選択」)は、AV技術の進歩と普及が都市の人口分布と住宅選択に与える影響を緻密なシミュレーションを用いて検証したものである。
 既存の自動車と比べたAVの大きな特徴としては、通信機能によって速度や走行の最適化がなされ渋滞が緩和される、運転中に余暇や労働といった他の活動ができるといった正の側面と、購入価格や維持管理コストが高いといった負の側面がある。また、AVの中でも、⾃動運転タクシー(Shared Autonomous Vehicle、SAV)が普及すれば公共交通機関の役割を果たすことになり、都心部の駐車場用の土地を他の用途に活用できるようになる、人件費がかからないため安価な移動手段が供給されるといった変化が予想される。
 こうしたAVやSAVの特徴を踏まえ、先行研究では、道路上の自動車交通量、都市駐車場の土地利用、都市のスプロール化、道路インフラなど、幅広い社会的側面が検討され、都市化と郊外化の両方の可能性が指摘されている。
 平松論文の貢献は、こうしたAVやSAVの特徴を、Anas and Liu(2007)*によって提示された交通に関するCGE(応用一般均衡:Computable General Equilibrium)モデルに導入することで、既存の都市に適用可能なモデルを構築し、AVの特徴を踏まえた緻密なシミュレーションを行なったことである(*27頁参照)。
 モデル分析の結果、AVを利用することによってもたらされるメリットとして、収入が増加し買い物コストが減少すること、AV乗車時間を余暇として利用するため余暇時間が減少すること、出張費用が減少すること、オフィスでの労働力投入が減少することが示された。
 また、提示されたモデルに基づき、運転時間の有効活用、渋滞緩和、AV保有コスト減、AVシェアの増加といった特徴を取り入れたシミュレーションが行なわれた。その結果、AVの技術進歩や普及の条件の違いによって、AVが都市構造に与える影響は異なり、郊外の人口増加と都心の人口増加のいずれの可能性もあることが緻密に描かれている。
 AVといった新しい技術の場合、その導入効果の検証にあってはデータの蓄積がないため統計的な検証は難しく、平松論文で実施されるようなシミュレーション分析の果たす役割は大きい。平松論文でも言及されているように、本研究のシミュレーションは仮想的都市で行なわれているため、今後の展開として実在する都市を踏まえた分析が待たれる。

 広範囲に甚大な被害が及ぶ地震や津波がたびたび発生する日本においては、事後的な災害対応と同様に事前防災の取り組みが重要である。効果的な事前防災対策には、災害の危険性や被害規模についての情報提供が不可欠である。直井論文(「災害リスク情報と地域間人口移動」)は、災害についての事前の被害想定情報に着目し、災害情報の更新が、人々のリスク認知の変化を通じて、地域間人口移動に与える影響を明らかにしている。地域住民が災害リスクに応じた立地選択を行なっているのであれば、災害リスク情報の提供は、危険性の高い地域における転出の増加と転入の減少といった人口移動を通じて社会全体の防災リスクを下げることとなる。
 災害リスクと人口移動に注目した先行研究は多数存在するが、その多くは大規模災害後の地域を対象とする研究である。災害発生後の人口移動に影響する要因は、防災インフラへの新たな投資、被災地に対する財政支援、復旧・復興による労働市場の変化など多岐にわたり、特定の要因の影響を識別するのが難しい。直井論文の大きな特徴としては、災害が起きていない地域を対象とすることで、将来の災害に対する被害想定の更新という特定の要因による人口への影響を明らかにしていることである。
 分析対象となるのは、南海トラフ巨大地震に伴う津波の被害想定である。南海トラフ地震に関する被害想定は2003年に設定されたが、東日本大震災の発生を受けて2012年に更新された。直井論文は、こうした状況を踏まえ市区町村別の想定津波高の公表値の変化が人口移動へ与える影響を検証している。被害想定における津波高は沿岸部のほとんどの自治体で引き上げられた一方で、当然のことながら内陸部では変化していない。直井論文ではこうした状況を巧みに利用し、津波の被害想定の変化を説明変数とする差分の差分(DID)法を用いた分析を行なっている。すなわち想定津波高の引き上げがあった自治体(介入群)に対する対照群として、介入群の沿岸自治体と隣接する内陸自治体を選択している。こうした自治体は介入群に類似した人口変化のトレンドを持ちつつ津波被害は予想されない。
 分析の結果、想定津波高の引き上げは対象地域における人口の社会増減率を引き下げ、かつその影響は転入の減少と転出の増加の双方にみられることが示された。一方で、年齢別の分析結果からは、65歳以上の高齢層の転入・転出行動に対する影響は限定的であることが示されている。
 東日本大震災後、防波堤や防潮堤の建設といったハード面での大規模な津波対策が行なわれたが、直井論文で示された結果はリスク情報の開示というソフト面の対策も有効なオプションであるという政策的含意を示すものである。一方で、高齢層に関して想定津波高の引き上げが転入・転出行動に影響しないという事実は、災害に対して脆弱な高齢層には異なるアプローチの災害対策が必要であることを示唆している。
(N・Y)
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