タイトル | 季刊 住宅土地経済 2024年秋季号 | ||||
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発行年月 | 令和6年10月 | 判型 | B5 | 頁数 | 40 |
目次 | 分類 | ページ | テーマ | 著者 |
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巻頭言 | 1 | 社会の変革期の不動産流通を見据えて | 太田陽一 | |
特別論文 | 2-7 | 居住政策としての新たな視点の必要性 | 齊藤広子 | |
論文 | 10-19 | 土地利用規制が地価に与える影響の分析 | 中島賢太郎 | |
論文 | 20-27 | 高速鉄道がもたらす経済的影響とその地域格差 | 兪 善彬・熊谷惇也・馬奈木俊介 | |
論文 | 28-35 | 新型コロナウイルス感染症が都市に及ぼした影響の分析 | 上野賢一 | |
海外論文紹介 | 36-39 | 迷信、顕示的消費、そして住宅市場 | 高橋拓也 | |
内容確認 | 未公開 | |||
エディ トリアル ノート | 中島論文(「土地利用規制が地価に与える影響の分析」)は、福岡空港の立地に伴う高さ規制を対象とし、土地の開発規制が地価に与える影響を正確に推定することを試みた研究である。 一般に丸の内や新宿などのオフィス街の高層ビルや、湾岸部のタワーマンション群に見られるように、利便性が高く集積の経済が見込まれる都心部では、土地に対する需要が大きく高度開発が行なわれる。高度開発による集積は、混雑などの負の影響をもたらすため、容積率規制など土地の開発に制限がかけられるケースも多い。こうした規制は、混雑解消による費用の削減などの正の効果と、集積の経済の減少という負の効果をもたらす。適正な規制水準は、両者を比較したうえで決定される必要があるが、効果を正確に推定にすることは困難である。例えば、開発規制の効果を地価の変化によって計測する場合、丸の内のように土地需要が大きく地価が高い地域では、優先的に土地規制緩和が行なわれる。このとき地価が高い地域ほど開発規制が緩和されるという逆の因果関係が存在し、素朴な統計分析では開発規制が地価に与える影響を過小評価することにつながる。こうした問題の解消には、土地の需要と関係なく規制水準が決定されるような独立で外生的な状況を利用することが考えられる。 航空法では、航空機の安全運航という土地の需要とは無関係な目的により、空港周辺の建物の高さを規制している。空港から4000m圏内の建物は空港の標高から45mの高さに制限され、圏外では規制は距離とともに連続的に緩和される。福岡市では都心部を4000m境界が通り、主要ターミナル駅でも、博多駅が45m規制圏内に位置するのに対し、空港から6000mに位置する天神駅では85m程度に規制は緩和される。 中島論文は、福岡市の都心全域が航空法による強い高さ規制の下にある状況を利用するという独創的なアイデアに基づき、回帰ねじれデザイン(RKD)を用いて規制による負の効果を検証している。空港に近いほど利便性が増す場合、空港から離れるに従い土地の需要が減少し地価も連続的に下落する。こうした影響は高さ規制の境界の内外で同じであるが、高さ規制は空港からの距離が4000mを超えた瞬間に不連続に緩和され、地価も不連続に上昇傾向へと転じる。RKDはこうした外生的不連続性を利用する分析手法である。 固定資産税路線価データを用いた分析の結果、福岡市都心部において、建物高さ規制は地価に負の影響を与えており、場合によっては弾力性が1%を超えて推定された。これは、集積の経済による生産性増加など、賃料の増加以上の経済効果の存在を示唆するものである。追加的分析として、高さ規制が機能しないケースを考慮したFuzzy RKDや、その他の頑健性についても慎重に検証が行われており、信頼性の高い分析となっている。 中島論文では、福岡市がおかれた状況を自然実験として捉えよりバイアスの少ない検証が試みられている。福岡市という特定エリアにおける検証であることには注意が必要であるが、政策的側面からも重要なエビデンスを提供するものとなっている。 ● 日本の新幹線のような高速鉄道は、結ばれた都市間の時間距離を大幅に短縮するだけでなく、産業の集積、観光の促進などを通じて周辺地域に大きな便益をもたらす。一方で、高速道路の敷設には莫大な費用が必要となるため、鉄道建設の費用便益を推計することは非常に重要である。 高速鉄道ネットワークの経済効果に着目した研究は多くの研究が存在するが、そのなかで経済効果の地域差についてその範囲やメカニズムを明確化することが重要な課題となっている。兪・熊谷・馬奈木論文(「高速鉄道がもたらす経済的影響とその地域格差」)は、日本の新幹線がもたらす経済効果に関する地域差を検証している。 兪・熊谷・馬奈木論文の大きな特徴は、地域差を検証する指標として、マーケットアクセス (Market Access: MA)を用いることである。MAは、各地域の住民についての大規模マーケットへのアクセシビリティを指標化したもので、近隣のマーケットサイズ(ここでは人口)をそのマーケットへの移動コスト(時間距離)の逆数の累乗でウェイトしたものの総計となっている。したがって、MAは、⑴地域間の移動時間が短縮された時、⑵他の地域の人口が増加する時に増加する。分析の対象となる新幹線の拡張は移動時間の短縮をもたらし、MAの増加が見込まれる。多くの先行研究では、高速鉄道につながった地域とそうでない地域の比較による検証が行われているが、MAを用いることによって、新幹線ネットワークに直接つながるという効果だけでなく、ネットワークへの接続はないが新幹線の恩恵を受ける地域に対する間接的な効果も含めて地域差を分析することが可能となる。 分析では、公示地価、所得、および1人当たり所得を従属変数、MAを独立変数として、1983年から2020年までの日本の全市区町村を対象に年次・市区町村レベルで回帰分析が行なわれている。その結果、新幹線の拡大により地価、所得、1人当たり所得が上昇することが示唆された。ただし、その効果は東京や大都市では顕著であるが、地方部では弱いか負の影響をもたらすという異質性の存在が確認されている。 兪・熊谷・馬奈木論文では、追加的な分析として、リニア新幹線計画と、地方部の新幹線の延伸計画について、上記で得られた推定結果を用いて反事実的シミュレーションにより評価を行なっている。その結果、リニア新幹線と地方新幹線延伸は、先進都市においては便益が増加する一方で、地方中枢都市圏では地価と所得が増加するが1人当たり所得は影響を受けず、その他の地域では地価の下落と1人当たり所得の減少が見込まれるなど、地域格差は悪化することが示された。この結果は、地域振興に資するという、日本の新幹線整備の目的に合致しない。 兪・熊谷・馬奈木論文で提示された、MAを導入したシミュレーションは、他の事例にも応用可能であり高速鉄道敷設の費用便益分析における政策評価において重要な情報を提供しうる。 ● COVID-19のパンデミックは、感染が密集を契機に拡大することから、都市における経済活動の停滞などネガティブなショックを与えた一方で、テレワークの導入・普及が進み、従前から存在した都市の過密を解消する一つの契機になった可能性が指摘されている。上野論文(「新型コロナウイルス感染症が都市に及ぼした影響の分析」)では、COVID-19の発生が都市に与えた影響の変化や異質性について、都道府県地価調査と地価公示の共通地点における地価の対前半期変動率を用いて分析を進めている。 上野論文では、COVID-19などの感染症による不動産価格への影響を分析した先行研究から、これまで日本について十分な検証がなされていない3つの仮説を導き、検証を行なっている。第1は、COVID-19の死亡者数が多い地点ほど地価の下落度合いが大きいという関係性は、一時的に負の影響があるが一過性であるという仮説である。これは、COVID-19が不動産価格に与える動学的な影響を検証するもので、例えば過去の歴史的な感染症のケースでは、発生直後では確認される住宅価格への影響は、一過性のものであることが示されている。第2に、COVID-19による不動産価格への影響は、その土地が存する用途地域の種類に応じて影響が異なるという仮説で、土地の用途地域に応じたCOVID-19の影響の異質性を検証している。第3に、COVID-19後において、人口密度が高い都市ほど、不動産価格の下落幅は大きいという仮説で、感染症のリスクが密集でより高くなることを踏まえ密集に対する忌避行動を検証したものである。 分析では、被説明変数として地価の対前半期変動率を用いている。具体的には、地価公示および都道府県地価調査の共通地点を抽出し2017年7月1日から2022年1月1日までの10半期分の地価について地点ごとに計算される。地点ごとのパンデミックの影響の持続性を検証するため、推定期間を変えた5つのモデルを検証するという工夫がなされ、さらに異質性の検証のため、それぞれのモデルについて、全用途、住宅地、商業地別の推定が行われている。 分析の結果、3つの仮説をそれぞれ支持する結果が得られた。特に、パンデミックの影響の持続性については、住宅地に比べ商業地においてより強く長期にわたることが示された。その理由として、COVID-19の影響により、人々が多くの時間を家で過ごす必要が生じたことによる住宅の需要が高まり、人と人との接触を減らす対策により、飲食店等の商業施設が大きな影響を受けたこと、Eコマースの普及により店舗需要が減少したことなどがあげられている。これらのメカニズムについての直接的な検証については、今後の研究の蓄積が待たれるところであるが、COVID-19がもたらした都市への影響についての大きな傾向を示したという点は上野論文の大きな貢献であるといえる。 (N・Y) |
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