季刊 住宅土地経済の詳細

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タイトル 季刊 住宅土地経済 1995年秋季号
発行年月 平成7年10月 判型 B5 頁数 40
目次分類テーマ著者
巻頭言阪神大震災の教訓南部哲也
特別論文社会資本?公共財と外部経済効果中村貢
研究論文優良な民間賃貸住宅供給の条件を考える島田良一
研究論文住宅需要の長期推計小島俊郎
海外論文紹介交通インフラ整備と地価形成藤田康範
論点新たな土地課税評価基準に向けて佐藤和男
内容確認
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トリアル
ノート
 本号の二つの論文は、日本の住宅市場の将来の変化を予測あるいは展望している論文であり、大変興味深い内容である。
 
 島田良一論文では、質が低いといわれている日本の民間賃貸住宅の改善の方策を考察している。政策で適切に誘導することにより、借家の状況の改善は可能であり、そのためには、貸家経営を優遇、保護する諸制度を整備することが有効であると帰結している。
 まず、英、豪、日本の住宅市場をとりあげ、国によって賃貸住宅市場の特性が持家市場以上に異なっている点を指摘し、それは借家を取りまく制度的環境が著しく異なるためであるとしている。そして優良な賃貸住宅が潤沢に存在するオーストラリアを例にとり、良質な借家住宅供給を可能にしたのは、民間貸家経営を優遇する諸制度であると結論している。
 たとえば、?住宅投資優遇所得制度、?貸家経営保護制度、?相続税がないこと、である。?により住宅投資に伴う損金を全額課税対象所得から控除できるので、節税効果が高く有力な資産形成手段となる。?は家主の自由な家賃の値上げを許し、借家人は裁判でしかこれに対抗できないので家主に有利な制度である。?は資産形成としての住宅投資の有利性に拍車をかける。
 オーストラリアも、過去には家賃統制やイギリス型の公営政策をとっていたが、このような政策の問題点を認識し現行の制度に移行したために、良質な借家供給が可能になったという経緯を踏まえ、制度次第で賃貸住宅ストックも改善できると述べている。
 一方、日本では税優遇措置は持家保有促進を意図したものであり、貸家経営を保護するものではない。また、借地借家法は貸家経営の基盤を弱め、流動期待型の賃貸住宅経営を定着させた元凶でもある。借家権が強く保護され、家賃改訂が難しいので良質の借家が供給されにくい。日本では賃貸住宅経営を誘導する施策はとられなかったので、現在のような低質な借家が多く生じたと結論している。
 そこで、日本の劣悪な状況の借家を改善するためには、日本の賃貸住宅経営を、短期間で引っ越してしまう「流動期待型」から、同じ借家に長く住む「定住期待型」に変えることが必要であるとして、そのための政策を提案している。
 第一に、貸家経営者を保護するには家賃改訂が自由円滑に行われる必要がある。その際発生する借家人とのトラブルを調整する行政機関の設置(家賃裁定センター)の必要性を唱えている。従来、継続家賃は新規入居時の家賃よりもどうしても低く押さえられがちであることをデータより明らかにし、このことが長期貸家経営のネックとなっていることを指摘している。入居後も状況の変化に応じて家賃を値上げできれば、ネックはだいぶ解消される。当初家賃はそれだけ低い水準からスタートできるので、借家人にもメリットがある。
 第二は、現行の建築規制を住宅政策の視点を含めた総合的なものに改訂する。貸家経営と立地の関連を500mメッシュの地図(国勢調査から作成)でみると、駅から1km範囲は共同住宅が多いので、施策によりこの地域を共同住宅適地として貸家経営を誘導するゾーンに設定することを推奨している。
 家賃設定の自由度の問題、および、建築規制の改訂は、法的には容易ではないが、近年の東京の賃貸住宅市場の変貌ぶり(改訂家賃の低下、空き家の増加など)をかんがみ、よりフレキシブルな家賃設定によって、借家市場における市場メカニズムが有効に働くよう政策的に誘導することの重要性を示唆したものと思われる。大変含蓄のある示唆に富んだ論文であるといえよう。
 
 小島俊郎論文では、住宅着工の長期予測を行っている。手法は従来の方法を基本的に踏襲し、住宅の将来需要を新規需要(世帯増加による需要)と更新需要(既存ストックの建て替え)とに分けて推計するが、同論文では、両需要の推計方法に改良を加えてある。主要な改良点は次の二点にある。第一に、新規需要の推計において、世帯類型別も推計する。第二に、更新需要の推計では、住宅の構造別、規模別、所有関係別に住宅寿命関数を推定する。このような改良を行うことによって、将来住宅需要が増大するタイプ、あるいは余剰ストックとして残るタイプの分析が可能となる。
 まず、新規需要の推計では、?世帯類型、所有形態、規模、構造別の住宅需要の世帯構成比を推計、?それに世帯類型別の将来世帯の推計値をかけ、さらに空き家を考慮して将来必要住宅数を推計する。
 ?に関して、直接このような将来構成比のマトリックスを作成することはデータ上不可能であるので、住宅数ベースで規模×構造の現行構成比マトリックスを作成し、一方、世帯ベースで世帯類型×所有形態×規模の現行構成比マトリックスを作成し、さらに、それぞれ調整を行って将来の構成比を推計する。この二つのマトリックスから共通項目である規模を軸に世帯類型、規模、構造、所有形態別の合成マトリックスを作成する。
 ?に関しては、厚生省人口問題研究所の世帯数推計値を使用している。?に?を乗じて、各予測時点における世帯類型、住宅の規模、構造、所有関係別の世帯数を求め、住宅数と世帯数の格差調整を行うことにより、規模、構造、所有形態別住宅数を求め、さらに一定数の空き家を加えて将来必要な住宅ストック数を推計する。
 以上の作業からも明らかであるように、同論文での予測のキーポイントは将来世帯数の予測にある。ここでは、住宅需要構造の変化は世帯構造の変化を意味する。これらの世帯数変化の予測の下で、将来住宅ストックは、持家では中規模から大規模へ、借家では木造から非木造へと移行する。
 なお、高齢者夫婦世帯では9割が持家居住となり、持家指向は根強い。一方、高齢者単独世帯では持家居住は約6割となる。また、ライフサイクルと住宅需要の変化の関係については、若いうちは借家に住み、結婚すると持家取得をめざし、高齢者世帯となっても、夫婦が健在なら持家に住むという、従来と同じパターンを将来的もとることが予測された。
 以上で推計された将来の必要住宅戸数は2010年までの15年間で、約860万戸の増加となり、大規模化、非木造化が進行する。この変化はとくに借家で著しい。
 次に、住宅滅失率を推計するわけであるが、規模別、構造別、所有関係別に、住宅残存率(住宅寿命関数)を求めて滅失住宅の推計を行い、更新住宅需要を推計した点にこの論文の貢献がある。これにより、余剰ストックとして残る住宅のタイプを分析することが可能となる。残存率の推計は固定資産課税台帳アンケート調査、住宅金融公庫利用者調査、住宅統計調査など、個票も含めたデータに基づき精緻である。
 これらの推計結果から、借家の方が持家よりも住宅の寿命が短いことが明らかにされた。これは、島田論文でも指摘されたように、日本の借家は短期経営型であることを裏付ける有力な観察事実であり、大変興味深い。
 さて、以上の推計から、2010年まで毎年の必要着工戸数は160万戸程度であるとされる。この値は、現況あるいは従来の予測に比べて、大きい数値であると思われる。これは、住宅需要の構造的変化によって余剰になった住宅ストックが使用されないとして計算されたためである。
 たとえば、小規模、木造住宅から大規模、非木造住宅へと需要構造が移行するに伴い、持家の小、中規模住宅、借家の小規模住宅で余剰ストックが発生し、空き家となる。余剰ストックがすべて活用されるとして(従来の推計ではこのように仮定)推計すると、新規必要着工戸数は約140万戸となり、従来の推計とほぼ同じ値となる。
 この余剰ストックの発生は、小規模、木造住宅の価格(賃料)の低下あるいは、余剰ストックを利用した増改築の促進などを通じて、将来の住宅市場に重要な影響を及ぼすことを指摘し、従来の長期推計ではなかった余剰ストックの推計の重要性を示唆した。
 このような長期推計は、元来デモグラフィック要因、経済環境などの変化があるので大変難しい。本論文では個票を用いるなどして精密に予測を行い、興味ある結果を導出している点は大いに評価できる。
 しかし、予測の精度の多くは、合成マトリックスの推計に依存すると思われるので、このマトリックス作成に際して、どれほどデモグラフィックおよび経済的変化要因を組み入れることができるかが今後の課題であろう。(M)
価格(税込) 750円 在庫 ×