タイトル | 季刊 住宅土地経済 1998年春季号 | ||||
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発行年月 | 平成10年04月 | 判型 | B5 | 頁数 | 40 |
目次 | 分類 | テーマ | 著者 | |
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巻頭言 | 地方分権の経済効果 | 坂下昇 | ||
特別論文 | 家計資産と民間住宅ローン需要 | 森泉陽子 | ||
研究論文 | ニュートラルネットワークによる住宅選択行動の解析 | 伊藤史子 | ||
研究論文 | 日本の地価変動要因 | 西村清彦・吉川英機・上坂卓郎 | ||
論点 | 最近のイギリスにおける不動産保有税制改革 | 佐藤和男 | ||
海外論文紹介 | 内生的成長モデルによるインフラ投資の動学的分析 | 藤丸麻紀 | ||
内容確認 | バックナンバーPDF | |||
エディ トリアル ノート | 本号は、いずれの論文もさまざまな統計学、計量経済学の手法を駆使して住宅購入行動や地価変動を分析した力作である。森泉論文では、同時トービット推定という正統的な計量分析手法を用いて民間住宅ローン需要を分析しているが、伊藤論文、西村・吉川・上坂論文はいずれもモデルの構造を特定することなくデータをして構造を語らしめる試み(ニューラルネットワーク・モデルと主成分分析)を行なっており注目に値する。 森泉陽子論文(「家計資産と民間住宅ローン需要」)は、住宅(購入)需要と住宅ローン需要を区別したうえで最適な民間住宅ローン需要が家計の保有する資産水準や利子率の変化によってどのような影響を受けているか分析している。日本の場合、住宅を購入しようとする家計が用意する頭金比率は40%程度であり、アメリカの家計と比べて住宅購入を行なう場合の頭金比率が倍程度高い。これは日本の(土地を含む)住宅価格が高いために借入れ額、したがって元本利子返済額が年収と比べて過大になってしまうからである。この結果、日本の家計は住宅購入に際して、アメリカの家計よりも借入れに依存する割合が小さなものとなっている。 家計の資産水準が上昇すると住宅購入需要は増加するが、借入れ必要額は減少するために住宅ローン需要は減少する。そこで資産の変化が住宅ローン需要に与える効果を分析するためには、住宅購入を所与としたうえで条件付住宅ローン需要期待値の資産水準の変化に対する変化をみることが必要となる。換言すると、資産水準は住宅ローン借入れ確率と借入れ額の双方に影響を与えることになる。なお住宅ローン借入れにはリスク回避度が重要な役割を演ずると考えられるが、リスク回避度は資産水準によって変化することに留意する必要がある。 日本では民間金融よりも有利な条件で住宅ローン提供を行なう公的金融機関が存在しており、しかも公的金融には信用割当てが存在している。すなわち日本の家計は、公的金融からの借入れが十分でない場合に限って民間住宅ローンを需要するのが普通である。住宅購入と住宅ローン需要との同時性、民間金融機関からの借入れに依存しない家計の存在することを考慮して、本論文では同時トービット推定方法を用いて民間住宅ローン需要関数を推定している。 完全情報最尤法を用いた推定結果によると、資産水準の上昇は民間住宅ローン需要を減少させる。民間住宅ローン借入れ確率の条件付資産弾力性は?0.5とあまり大きなものではないが、条件付利子率弾力性(?0.18)をはるかに上回っている。また、民間住宅ローン需要額の条件付資産弾力性は?0.53である。この弾力性の値は、民間金融機関からの借入れ確率と借入れ額の双方が変化する場合の効果を示している。民間金融機関からの借入れ確率を一定とした場合には条件付資産弾力性は?0.15となる。換言すると、資産水準の変化は、借入れを行なう家計の数を大きく変化させるが、民間住宅ローンの額を減少させる効果は比較的小さいことがわかる。資産水準の変化に対して住宅市場参加者の変化が大きいことは、家計は住宅ローン取り入れについてかなりリスク回避的な行動をとっていることを示唆している。民間住宅ローン需要の条件付利子弾力性も大きなものではないので、民間住宅ローン需要が大きく増加するためには公的金融による住宅ローン利子率との格差が大幅に縮小する必要がある。 日本とアメリカでは家計の住宅購入に関する税制がかなり異なっている。とりわけ住宅ローンの利子費用所得控除制度はアメリカの家計における借入れを促進している可能性が強い。しかし、本論の結論によれば、民間住宅ローン需要の利子弾力性は小さいので、税制がローン需要に与える効果も限定的であることを示唆していよう。 伊藤史子論文(「ニューラルネットワークによる住宅選択行動の解析?応募者属性と選択住宅の規模・価格」)は、ニューラルネットワーク・モデルを用いて入居応募者の属性と住宅選択の関係を分析している。選択対象となる住宅を5つの価格規模、3つの価格帯によって5つに分類し、これを出力変数とし、7つの応募者特性(旧住宅間取り、旧住宅面積、通勤時間差、希望面積、頭金、世帯人員、世帯年収)を入力変数としたうえでニューラルネットワーク・モデルを用いて入力変数が出力変数に与える効果を検討している。このモデルでは、入力変数の前進的処理と実際の住宅選択結果(教師信号)に照らして誤差修正を行なう後進型処理を中間ニューロン(変換変数)を媒介として繰り返す。これを学習と呼び、教師信号に一致するまで学習を繰り返す(本論文では5000回)。 モデルの統計的安定性(汎化性)を調べるためにモデルの推定に用いなかったデータを用いて正解率をみると、中間ニューロン数が出力変数(5)に等しい場合に平均誤差率がもっとも小さくなることがわかる。さらに赤池の基準を用いて学習の効果が、価格規模5グループ、価格帯3グループのいずれについて顕著であったかを調べると、価格帯の推定カがより優れており、価格に関する学習効果がかなりあったことが明らかとなる。最後に中間ニューロンを経由する入力変数が出力変数のどの程度の影響を与えたか因果性尺度を用いて調べることができる。旧住宅の間取りが小さい入居者の場合にはステップアップしてより大きな規模の住宅グループを選択する傾向があり、低価格住宅を選択する入居者ほど通勤時間が短いことを好むこと、頭金を多く予定している入居者は価格帯の高い住宅グループを選択する傾向があることなどの結論が得られている。 西村清彦・吉川英機・上坂卓郎論文(「日本の地価変動要因?主成分分析」)は、1970年以降の日本の地価の動向を主成分分析を用いてその構造変化を検討したものである。主成分分析とは、特定のモデルを前提とすることなくデータのもつ情報をできるだけ失わずに単純な構造の規定要因を抽出する方法である。サンプルのもつ特性値を互いに無相関な二複数の総合特性値に要約することによって構造変化を調べることが可能となる。 具体的には、特性値間の相関係数を求めたうえで、特性値についての合成変数(加重平均)としての総合特性値(主成分)を求め、その総合特性値を算出するにあたって総合特性値の分散が最大になるように加重平均の係数(固有ベクトル)を決定する(これに対して、「正準相関分析」では合成変数間の相関を最大化するように変数変換する)。得られた主成分の分散の大きな順に第1主成分、第2主成分などと呼ぶ。これまで地価変動を主成分分析という手法を用いて分析した例はないので興味深い試みである。 本論文における第1主成分は、トレンドとしての長期的な地価変動要因、第2主成分は短期的な地価変動要因を示すものと解釈できる。この主成分分析を用いることによって、(1)バブルの時期は、バブル前と比べて大きな構造変化があり、それまでの構造を前提とした予測は、実績値を大きく下回ること、(2)バブル崩壊直後では過去の構造を前提とした予測はまったく当てはまらないこと、(3)最近はバブル以前の構造への回帰傾向が見られる、と論じている。日本の地価がいつ下げ止まるかは不良債権問題の解決、景気回復にとってきわめて重要であるが、1994年以降の地価の変動はバブル以前の安定した構造への復帰傾向がみられることは、マクロ経済的な条件が整えば下げ止まりが生ずることを示唆するものであると解釈することが可能であり、興味深いファクト・ファインデイングである。 主成分分析は、残念なことに構造変化がどのような要因によって引き起こされたのかを示すことはできない。現実の資産価格の変動は単一の安定的な均衡径路上にあるとは考えられず、複数の均衡径路のなかで発散する径路上にある可能性もある。どのような条件の下で安定的な均衡径路に戻るのか理論的な解明が必要である。(I) |
価格(税込) | 750円 | 在庫 | ○ |
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