季刊 住宅土地経済の詳細

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タイトル 季刊 住宅土地経済 1998年夏季号
発行年月 平成10年07月 判型 B5 頁数 40
目次分類テーマ著者
巻頭言これからの住宅政策宮繁護
特別論文ストック型ハウジングへの転換松村秀一
研究論文東京は過大か金本良嗣・齊藤裕志
研究論文都市集積による多様性の経済と混雑の不経済田渕隆俊
研究論文少子化現象と住宅事情浅見泰司・瀬川祥子
海外論文紹介長期間賃借された不動産と再開発のオプション作道真理
内容確認
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ノート
 今後の住宅・土地政策を考える際に、都市の規模をどう考えるか、そして少子化にどう対応するかは重要な問題である。本号は、それぞれの問題について、分析のための視点を与え、現状を示す注目すべき3論文を掲載している。金本・齊藤論文は、最適都市規模に関するヘンリー・ジョージ定理を手がかりに、生産関数の維計を土台として、東京圏が過大であるかを検証している。田渕論文は、都市間の企業と家計の移動を考慮した一般均衡モデルに立脚し、都市規模が名目所得、価格、家賃に及ぼす影響を推計し、それを用いてアメニティが家計の効用に与える影響を考察している。浅見・瀬川論文は、少子化現象が、住宅事情とどのように相関しているかについての貴重なデータを提供している。
 
 金本良嗣・齊藤裕志論文(「東京は過大か?ヘンリー・ジョージ定理による検証」)は、その題名の示すように、東京圏が過大であるかどうかを正面から分析した意欲的な論文である。
 よく知られているように、大都市にはさまざまな外部効果が働いている。そもそも都市が成立するためには集積の効果が働いているのであり、それがなければ都市は成立せず、農村や漁村が広がっているだけになる。しかし、都市には集積の利益だけではなく、集積の不利益も、混雑現象や大気汚染といった過密の弊害として現れている。この集積の利益と不利益を比較衡量すると、最適な都市規模というものを考えることができる。
 いわゆるヘンリー・ジョージ定理は、この都市の最適規模を定量的に測る手段を提供している。すなわち、集積の経済による社会便益が、ちょうど都市内での都市的土地利用による地代と農業地代の差額総額に等しいときに、最適都市規模が達成されることになる。したがって、まず各都市(圏)においてピグー補助金額を推計し、次に差額地代総額を推計し、両者を比較すれば都市の最適規模が達成されているかを検証することができる。
 本研究では、日本の都市圏を118の「標準大都市雇用圏」に分け、まず集積の利益をとり入れた形の生産関数を推計し、それによってピグー補助金の額を推計している。次に差額地代のデータを求めなければならないが、日本では農業地代と都市的利用地代のデータを得ることができず、さらに地価から地代を推計するために必要な土地の開発費用、そして割引率の適切な推計値を得ることが著しく困難である。そこで、直接にヘンリー・ジョージ定理からの合意を検証するのではなく、地価総額とピグー補助金総額の比が各都市圏で有意に異なっているかを検証するという方法をとっている。
 1985年のデータを用いた結果は、仙台圏を例外として、東京圏が図抜けて高い地価総額・ピグー補助金総額比を示している。直接に差額地代総額とピグー補助金総額を比較しているのではないので断定的に結論することは難しいが、得られた事実は東京圏が過大である傾向を示しているといえる。
 しかしながら、著者も最後に述べているように、この結論は、地価総額の推計方法に大きく依存している。実際、同じ問題を違った方法で検証した著者の他の研究は、本研究と逆の結論を導いている。したがって、本研究からただちに東京圏が過大である、という結論を出すのは危険であるが、いずれにせよ本研究は、この重要なトピックの、今後の研究の指針を示したという点で重要な役割を果たしているといえよう。
 
 田淵隆俊論文(「都市集積による多様性の経済と混雑の不経済」)は金本・齊藤論文と同じ「都市への集積の利益・不利益」という問題を別の観点から扱った興味深い計量分析である。
 著者はまず、都市への集積が企業の生産性に影響を与えるとともに、家計の効用水準にも直接影響を与えることを指摘する。つまり都市への集積は、金本・齊藤論文が追究した生産関数への影響ばかりでなく、効用関数への直接の影響がある。田淵論文はこの効用への影響を計測しようとする野心的な論文である。
 家計の効用は、家計が最適な財貨・サービスの組合せを選んでいるならば、所得、物価、家賃、そして居住する都市のアメニティの関数になるはずである。さらに長期的に見れば、家計は効用水準の高い都市へと移動する。したがって十分長い期間をとって考えれば、家計の効用水準は都市間で同一になるはずである。この関係を用いて、観測される所得、物価、家賃のデータから、観測できない都市のアメニティの水準を逆算してみようというのがこの論文の基本的なアイディアである。
 田淵論文では、時期は異なるが金本・齊藤論文と同じ人口10万人以上の都市圏(標準大都市雇用圏)を使用する。得られた結果によれば、都市圏の人口が増大すると、名目賃金(所得)は10%押し上げられるが、物価と家賃がそれ以上に上昇し、実質賃金(所得)は逆に4%下落する。名目賃金の上昇は都市人口集積の経済による企業の生産性の上昇に起因すると考えられる。これに対して実質賃金が4%低下するのは、都市のアメニティが大都市部で高いので実質賃金がその分だけ下がることで都市間の均衡が達成されているため、と解釈される。このように、都市には生産性を高める集積の外部効果があるとともに、家計の効用を直接高める集積の効果が存在しているのである。このことは、今後都市の規模について議論する場合に、単に集積の生産能力ヘの効果だけでなく、集積の消費者効用への影響を視野に入れる必要を強く示唆している。
 
 浅見泰司・瀬川祥子論文(「少子化現象と住宅事情」)は、少子化現象と住宅事情の相関をはじめて正面からデー夕分析をした貴重な研究である。
 日本における少子化の急速な進展は、近年、多方面の関心を集めている。とくに少子化の進展に伴う高齢化と労働力人口の減少は、日本経済の将来を左右するものとして重要な問題と考えられるに至っている。本論文の著者も述べているように、出産を希望しつつも、何らかの社会的制約があるために出産が阻害され、それが少子化の原因となっているのであれば、その解決は社会的にも重要な課題であろう。
 出産を阻害する要因として、しばしば指摘されているのが、日本の住宅事情の劣悪さである。家賃が高くなると出生率が低くなるという関係はつとに指摘されているし、子供の数が理想の数より少ない原因は「家が狭いから」という調査結果もある。そこで本論文では1994年の東京都に焦点を当て、出産による住居費負担増加の影響を分析している。
 分析から、出産による子供数の増加が転居のきっかけのひとつになっていることがわかる。子供数の増加に応じて住宅規模が悪化するためである。こうして転居によって部屋数は改善する。さらに、妻年齢30代において子供数が1人から2人に移行するところで居住環境にギャップが見られ、住宅水準の上昇に伴う居住コストの上昇がうかがえる。著者はこの部分での居住コストの高さが、少子化現象を助長している可能性を示唆している。
 ただし著者も述べているように、転居を規定している要因としては、出産の影響は他の住宅事情や世帯状況の影響に比べてはあまり大きくない。さらに転居によって一人当たりの部屋数は改善するが、面積についてはあまり大きな影響はみられない。このようにデータから見られる少子化現象と住宅事情の関係はあくまで示唆的にすぎず、明確なものとはいえないのが現状である。さらに、1時点のクロスセクションのデータということから、世代間の差が捕らえられていない。これらの点で、本研究の分析には限界があるが、少子化と住宅事情という、皆が考えつくが、しかしなかなか客観的な、数量的な分析のない分野でのパイオニア的業績は高く評価できる。今後は時系列データの整備を通じてより深い分析がまたれる分野である。(N)
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