季刊 住宅土地経済の詳細

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タイトル 季刊 住宅土地経済 2003年夏季号
発行年月 平成15年07月 判型 B5 頁数 44
目次分類テーマ著者
巻頭言“いま人気のまち”と私星野進保
特別論文抵当権法改正と不動産市場丸山英氣
研究論文構造変化を考慮したヘドニック型住宅価格指数の推定小野宏哉・高辻秀興・清水千弘
研究論文市場メカニズムを通じた防災対策について山鹿久木・中川雅之・齊藤誠
研究論文情報の不完全性と住宅保有の格差廣野桂子
海外論文紹介住宅市場細分化の把握崔廷敏
内容確認
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トリアル
ノート
 本号の3つの論文は、日本の住宅土地経済研究の新しい潮流を示唆している点で興味深い。3論文は、まずどれもが実際のデータを用いた計量分析である。住宅土地経済研究では、草創期にはデータの不足を理由に、単なる理論分析にとどまり、分析結果の検証がなされないことが多かったことを想起すると隔世の感がある。これはここ10年余の間の驚異的なデータ蓄積とその利用可能性の広がりによって可能になったのである。
 また、3つの研究は、不動産という多様な資産の価格変化をとらえるために、共通してヘドニック法を用いている。情報通信技術による急速な品質変化に対応するために、経済分析の他分野でもヘドニック法が採用されるケースが多くなっているが、住宅土地経済分析もそうした経済分析全体の流れと無関係ではないことを示している。
 さらに分析内容も、不動産価格インデックス作成をより精緻化するための手法開発(小野・高辻・清水論文)から、不動産価格から地震リスクの市場評価をとらえそれを制度設計に応用しようとする試み(山鹿・中川・齊藤論文)、そして不動産市場における情報の偏在で情報強者と情報弱者でどれだけの格差が生じていたかの分析(廣野論文)と、多岐にわたっていて、日本の住宅土地経済研究の深まり、広がりを示唆するものになっている。
 
 小野宏哉・高辻秀興・清水千弘論文(「構造変化を考慮したヘドニック型住宅価格指数の推定」)は、野心的な論文である。上述したように、財や不動産を「性質の集まり」と考え、異質な財や不動産につけられる市場価格を、こうした「個々の性質に対する価格の和」として考えるヘドニック法は広く利用されるようになった。しかし、こうしたヘドニック法を、長期にわたる価格指数にあてはめる場合には、大きな問題を含んでいることがよく知られている。それはヘドニック法で考える、「個々の性質に対する価格」が時間を通じて変化する可能性であり、さらには財や不動産の価格を説明する「性質の集まり」が変化する可能性である。実際、この2つの種類の変化は、ある程度のタイムスパンをとると、しばしば起こることが、さまざまな分野で経験的によく知られているのである。
 不動産価格も例外ではない。というよりも他の財価格よりも不動産価格において、この2つの変化の影響が大きいことが経験的に知られている。とはいえ、その量的な影響は、今までデータの制約から調べられることがなかったといってよい。
 これに対して小野・高辻・清水論文では、1989年4月から2003年3月までの15万9000件にのぼる月次の膨大なデータを用いて、その影響を不動産価格インデックス作成という立場から定量的にとらえている。対象時期はバブルの絶頂とその崩壊、その後の長期低落の時期であり、その期間で変化がなかったとは考えにくい。
 しかしながら、変化を許容する形で推計された不動産インデックスは、取引現場の「実感」とはほど遠いばらつきの大きさを示している。これは「実態」にできるだけ近い価格の動きを示さなければならない不動産価格インデックスとしては、望ましくない。そこで小野・高辻・清水論文では、実践的な手法として「一定の期間を推定期間にとり、複数の期にまたがってモデルを推定」し、それを時間の進行に伴って逐次的に行ない、得られた結果を接続することで不動産価格インデックスを得る、という「接続型指数」を提案し、実際に計測している。
 きわめて実用的な問題であり、実際、今後REIT等不動産金融証券市場が発達するに従って、重要度を増してくると思われる不動産インデックス計測の問題に正面から取り組んだこの論文の先見性は高く評価できるだろう。もちろん、まだ分析は荒削りであり、他の方法との比較が十分になされていないなどの問題は抱えるが、今後の発展の楽しみな論文となっている。
 
 山鹿久木・中川雅之・齊藤誠論文(「市場メカニズムを通じた防災対策について」)は、地震リスクに対する経済主体の態度は、最終的には不動産の賃貸料や土地の価格に反映される、という経済学の基本的な考え方に則って、地震リスクの地価への影響の時系列変化を把握し、それによって防災対策に対する含意を示そうとする、オーソドックスな手堅い論文である。
 山鹿・中川・齊藤論文は、東京都が公表している地震危険度データに注目する。このデータは一般に公表されており、当然のことながら地価形成に影響を与えているはずである。そこでとくに「建物倒壊危険度」に注目し、それが家賃や土地価格に独立してどのように影響を与えているかを、ヘドニック地価関数、ヘドニック賃貸料関数を推計することであきらかにしている。
 得られた結果からみると、経済主体の地震リスクに対する態度が変遷していることがよくわかる。1980年代は地価への地震リスクの影響はあまり明確でないかあるいは小さかったが、阪神・淡路大震災の前後にはそれが明確に無視できない大きさとなる。しかし、その後は次第に影響が減少していることがわかる。また賃料関数の推計では、地震リスクの影響が明確に出ている。とくに、新耐震基準と地震リスクの議論は示唆的である。山鹿・中川・齊藤論文では、得られた結果から、旧耐震基準で建てられた建物を新耐震基準にする誘因が存在するかを考察しているが、その結果によれば、現行耐震改修保護では耐震改修が全般的には起こらないが、とくに危険度の高い地域では起こる可能性があることが示唆されている。
 地価として取引価格でなく、鑑定価格である公示地価を用いているために、市場価格に反映された経済主体の評価ではなく、単に鑑定士の評価基準を表しているのにすぎない可能性を否定できないことや、地震リスクの影響が阪神・淡路大震災の直後ではなく、直前に最大になっているなど、疑問が残るところも散見される。しかし骨太の経済モデルで、地震リスクの経済的影響を見事に明らかにしたこの論文は、今後の研究のひとつのあり方を示す重要な貢献と言ってよいだろう。
 
 廣野桂子論文(「情報の不完全生と住宅保有の格差」)は、情報が不完全で偏在しているとき、情報を持った買い手が情報を持たない買い手に比して、どの程度の経済的優位性を持っているか、という問いから出発する。まず基準として完全情報のもとでの価格を考える。不完全情報のもとでは、情報を持った買い手は、この完全情報価格より安く買えるはずであり、それが情報強者の優位性である。
 廣野論文では、完全情報価格と、不完全情報を利用して情報強者が有利に買う場合の購買価格の乖離を計測する方法を、いくつかの強い仮定の下に導出する。さらに、それを1983年から1993年の年初データに応用し、具体的に情報強者の優位性がどの程度のものであったかを調べている。
 その実証分析の結果によれば、情報強者の優位性は、最大で完全情報価格の1割から2割を超えるという。無視できないほどの大きさの数字であることは一目瞭然である。
 廣野論文では、具体的に情報強者の有利性を計測するために、さまざまな強い仮定をおいており、それが1983年から1993年の間の日本不動産市場に現実にあてはまっていたかどうかは疑問がある。しかしながら、情報強者の優位性の程度、という今まで日本においては誰も正面から考察することのなかったトピックを取り上げ、その計測方法の筋道を明確にし、そして現実のデータにあてはめて実際に計測した点は、高く評価できる。ただ、著者も認めているように、いくつかの強い仮定の現実妥当性には疑問符が付くことも事実である。今後、こうした制限的な仮定をはずして、より妥当な仮定の下に、この重要な研究を著者が発展させていくことを望みたい。(KN)
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