季刊 住宅土地経済の詳細

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タイトル 季刊住宅土地経済 2008年春季号
発行年月 平成20年04月 判型 B5 頁数 40
目次分類テーマ著者
巻頭言不動産証券化の発展藤原良一
特別論文被災者生活再建支援法と住宅問題林敏彦
研究論文学校の質と地価吉田あつし・張璐・牛島光一
研究論文都心および近郊における住宅市場構造の比較に関する考察田中麻理・浅見泰司
研究論文東京圏における1990年代以降の住み替え行動小林庸平・行武憲史
海外論文紹介固定資産税率制限と自治体歳出の効率性近藤春生
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 住宅市場において、学校の質の差は重要な要因である。学区間の格差が大きいアメリカでは、この問題についての実証研究が数多く行なわれている。日本でも、マンション事業者や不動産業者の間では学区の重要性は広く認識されている。
 しかしながら、日本では学校の質に関する客観的なデータが利用可能でなかったので、学校の質と住宅価格の関係に関する研究はほとんどなかった。
 吉田・張璐・牛島論文(「学校の質と地価――足立区の地価データを用いた検証」)は、足立区のデータを用いて、学校の質と地価の関係に関する高度な実証研究を行なっている。日本における先駆的な研究であるにとどまらず、足立区が2004年から学校選択制を導入したことが学区と地価の関係にどういう影響を及ぼしたかの分析も行なっており、国際的に見ても、第一級の研究である。
 学校の質が地価にどう影響するかを見るには、地価を説明する回帰式のなかに学校の質を表す変数を加えればよい。しかし、単純な回帰ではバイアスが発生する恐れが大きい。
 これは内生性バイアス、あるいはより一般的に除外変数バイアスと呼ばれている問題である。
 たとえば、共通テストの成績で学校の質を表すと、これは親の所得や学歴といった教育環境に影響される内生変数である。ところが、親の所得といった教育環境を表すデータは利用不可能なことがほとんどであり、これらの要因は誤差項の中に入ってしまう。そうすると、誤差項と学校質変数の間に相関が生じ、学校質変数の係数にバイアスが発生する。たとえば、親の所得と学校質変数に正の相関があり、親の所得が誤差項に入っていると、学校質変数の係数は上方のバイアスをもってしまう。
 学校の質を表す変数として用いているのは、(1)私立中学進学率と(2)学校の平均テスト・スコア(足立区が行なった算数と国語のテストの学校平均)の2つである。内生性バイアスの発生を抑えるための工夫としては、パネルデータを用いることと近隣環境変数や通学地域ダミーを加えることを行なっている。
 主要な結論は以下の3つである。
 第一に、私立進学率は地価を上昇させる傾向をもつ。学校選択制導入以前では、私立進学率が10%上昇すると、地価が2.6%上昇するという結果が得られた。これは統計的に有意な効果ではあるが、地価を90万円/m2と想定すると、約2.3万円の上昇にしかならず、あまり大きな効果ではない。
 第二に、学校選択制導入後は、私立進学率が地価に与える影響はほぼ半減する。学校選択制によって、学校質の高い学区内に住むことの価値が減少したことを反映していると考えられる。
 第三に、学校の平均テスト・スコアは地価に対して有意な影響を与えなかった。これは、学校選択制導入後のデータしか利用可能でなかったことによるとしている。

 田中・浅見論文(「都心および近郊における住宅市場構造の比較に関する考察」)は、3年前の本誌(56号;2005年春季号)に掲載された著者達による住宅市場細分化に関する研究を発展させたものである。
 ここでの住宅市場細分化は、住宅市場全体を対象として実証分析を行なうよりは、地域別やタイプ別に住宅市場を分割し、細分化されたそれぞれの市場を対象にするほうが、精度の高い分析ができるという発想に基づいている。
 市場分割を行なう際に、類似度の高いものをひとまとまりにしたほうがより精度の高い推定が行なえるであろうと考えられる。問題は、類似度をどう測るかということである。これについて、著者達は、価格推定の精度を上げるために、価格との関係を用いた類似度指標を使うことを提唱している。
 おおざっぱには、以下のようなアプローチである。住宅の属性が一つだけであれば、これが同じならば1であり、差が大きくなるとゼロに近づくような関数を設定する。しかしながら、住宅に関しては、都心への時間距離、最寄り駅までの時間距離、築年数、容積率等、多数の属性を考える必要がある。複数の属性を考慮した類似度として、CES型の統合類似度関数を提案している。そして、この統合類似度関数のパラメータを、価格の当てはまりが最も良くなるように設定する。
 このようにして得られた統合類似度関数を用いると、住宅価格推定における相対残差が、通常のヘドニック分析を用いた場合の約15.7%から約8.5%にほぼ半減するという結果を得ている。
 また、都心に近い東京都世田谷区と郊外の横浜市青葉区の2地域で、統合類似度のパラメータにどのような差が発生するかの分析も行なっている。世田谷で類似度に与える影響が大きい変数は、最寄り駅までのアクセス、車庫の有無、セットバックの必要性の3つであるが、青葉区では、築年数、都心までのアクセス、容積率、用途地域、物件間距離である。物件規模、前面道路幅員などの基本的な住宅特性については、2地域の間で差がなかった。
 住宅価格の推定においては、多重回帰を推定式の関数形や統計的手法について精緻化する方向での研究がほとんどであった。これに対して、類似する物件ごとに市場を分割するという発想から出発して、統合類似度を用いる新しいアプローチを組み立てているところが、この研究の独創性である。
 今後の課題としては、通常のヘドニック回帰との関係を整理することと、統計的検定手法を作り上げていくことがあげられる。特に、通常のヘドニック・アプローチでは、スペシフィケーション・テストやモデル・セレクションの手法が利用可能であり、推定式の妥当性や推定値の有意性について様々な検定を行なうことができる。統合類似度を用いるアプローチでこういったことが可能かどうかが、広く受け入れられるための一つの条件になるであろう。

 個表データを研究者が使うことが難しいことが、諸外国に比べて実証研究が進まない大きな原因になってきた。国勢調査や住宅土地統計調査のような指定統計についてはまだハードルが高いが、「住宅需要実態調査」については関係者の努力によって、個表データを用いた研究が出てきている。小林・行武論文(「東京圏における1990年代以降の住み替え行動――『住宅需要実態調査』を用いたMixed Logit分析」)はその一つである。
 この論文は、「住宅需要実態調査」の個表を用いて、バブル崩壊以降の東京圏における住み替え行動を実証的に分析している。
 住み替え行動は意外に分析が複雑である。住み替えの選択には、(1)住み替えるかどうか、(2)住み替えるとすると、持家か貸家か、(3)どの地域の住宅に住むのかといった複数の選択が絡み合っており、これらを同時に考える必要があるからである。
 推定において考慮している選択肢は、(1)住み替えない、(2)23区内の持家に住み替え、(3)23区外の持家に住み替え、(4)23区内の借家に住み替え、(5)23区外の借家に住み替えの5つである。こういった離散的選択の推定においては、ロジット・モデルが良く用いられる。
 しかし、単純なロジット・モデルは選択肢の間の代替関係について強い仮定を置いており、このケースのように、複数の選択が絡み合っている場合への適用は非現実的な結果を生んでしまう。
 選択肢間の代替関係をより柔軟に処理できるモデルとして、しばらく前に、Mixed Logitモデルが提案されており、最近では幅広く用いられるようになっている。この論文では、Error ComponentタイプのMixed Logitモデルを用いて推定を行なっている。
 主要な分析結果としては、(1)若年世帯が借家から持家に住み替え、持家を取得した世帯は若年期から中年期において持家から持家に住み替え、高齢世帯はあまり住み替えないという住宅双六の存在の確認に加え、(2)高齢世帯の住み替え確率が近年上昇している、(3)経済低迷期にはステップアップする住み替えが低迷するといったことがあげられる。
 「住宅需要実態調査」はパネルデータではないので、各家計の住み替え経路を追うことができないといった制約がある。推定手法に工夫をこらして、こういった制約を克服する努力をしなければならないことはもちろんであるが、パネルデータの収集と利用についても取り組む必要がある。
(Y・K)
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