季刊 住宅土地経済の詳細

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タイトル 季刊 住宅土地経済 2009年春季号
発行年月 平成21年04月 判型 B5 頁数 40
目次分類テーマ著者
巻頭言地価とソーシャル・キャピタル田中一行
特別論文松山で都市の持続可能性を考える大西隆
研究論文住宅市場のマクロ変動と住宅賃料の粘着性清水千弘・西村清彦・渡辺努
研究論文東京圏の保育サービスと”足による投票”浅田義久
研究論文ヘドニック・アプローチを用いた便益評価と空間計量経済学・空間統計学堤盛人・瀬谷創
海外論文紹介銀行信用の決定に不動産価格の果たす役割横溝剛
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トリアル
ノート
 賃貸住宅の賃料には2種類ある。一つは新規賃料であり、賃貸人が新たに入居するために賃貸借契約を結ぶ時に決定する家賃である。通常、新規賃料は賃貸住宅市場の需給を反映した市場賃料水準として決するものと想定されることが多い。しかし、実際には以前の賃料をそのまま踏襲する例も見られる。もう一つは継続賃料であり、賃貸人が変わらずに旧賃貸借契約が切れた後に契約更新する時に決定する家賃である。継続賃料はそれまでの賃貸借契約に類似の契約となることが多く、実際に賃料が変わらない事例もよく目にする。
 このことは、特に継続賃料は前の契約賃料と同じ水準になりやすく、賃料の粘着性が高いことを意味する。賃貸住宅市場を分析する際には、新規賃料のデータなのか、継続賃料も含まれたデータなのかによって、大きく意味が異なってくる。例えば、住宅賃料指数を計算する時に、どちらのデータを用いているのかが重要となる。
 清水・西村・渡辺論文(「住宅市場のマクロ変動と住宅賃料の粘着性」)は、この点について実証的に分析を試みた研究である。
 清水・西村・渡辺論文では、1986?2006年の東京都区部の住宅価格指数と住宅賃料指数を推計している。推計方法としては、価格および賃料を被説明変数、住宅属性や時間ダミーを説明変数にしてヘドニック回帰を行ない、時間ダミー変数の回帰係数をもとに指数を求めている。その結果、住宅価格に比べて住宅賃料はかなり穏やかに変化していることを明らかにしている。また、消費者物価指数非木造住宅賃料系列はさらに変動が小さいことを明らかにした。これは、消費者物価指数非木造住宅賃料系列には継続賃料が入っているために、冒頭に述べた理由により変化がより穏やかになるためである。
 さらに清水・西村・渡辺論文では、新規賃料において賃料改定される確率を求めているが、賃料改定されない確率は30?50%で、新規賃料においても賃料の粘着性があることが示された。清水らの別の研究によれば契約賃料の場合に賃料改定がなされないのは97%程度であり、継続家賃に比べれば新規家賃の粘着性はかなり低いが、それでも粘着性は高いことがわかる。
 市場賃料と現行の賃料の乖離が大きいほど賃料改訂される可能性が高いと予想される。しかし清水・西村・渡辺論文では、Adjustment hazard関数を推計することにより、賃料改定の確率がその乖離の大きさには依存しないことが示されている。これは通常の経済理論では単純には説明できない現象であり、単純な経済モデルでは想定できない別の要因が賃料の意思決定の際に影響していること示唆している。このように、住宅賃料という住宅市場を見るうえで非常に大切なデータの挙動の特性を明らかにしたという点で、貴重な分析結果が報告されている。

 住宅立地を考える際に、家族のニーズに応じた立地の選択は重要である。特に、育児環境は地域によって潜在的なサービス水準がかなり異なり、子育て世帯にとっては立地選択の重要な要因になることが想定される。
 保育サービスのような地方公共団体が関与するサービスの場合には、当該行政区域にいるかぎりサービス水準は同じである。また、子育て期間はさほど長くはないため、仮にサービス水準が低いとしても水準を上げるべく政治運動をするコストを考えると、むしろよりよいサービスを提供する行政区域に移住するほうが合理的な行動となる。このように地方公共サービスの水準が低い地域からの逃避という形で選好を顕示することを「足による投票」という。
 浅田論文(「東京圏の保育サービスと “足による投票”」)は、保育サービスにおける「足による投票」が起きているかどうかを分析している。その方法として、地域別の年齢構成である特化係数が地方公共サービスによって、どのように影響したかを分析している。
 地域の年齢別人口分布が特定年齢に特化するという現象は、保育以外の要因でも起こりうる。小さな子供がいる世帯の年齢を考えると、新たに世帯形成する世帯用の住宅が多く供給されれば、やはり集中は起こりうる。そのため、他の要因をコントロールする必要がある。浅田論文では、特化係数を被説明変数として、1期前の特化係数、コーホート要因(20?45歳女性の特化比率)、構造的要因(地価)、保育サービスの地域間差異による影響を説明変数として回帰分析を行なっている。
 分析の結果、東京圏においても、東京都においても保育サービス市場では「足による投票」という現象がみられることが判明した。浅田論文が指摘するように、分析結果は、保育所への助成金や児童福祉費が保育所のサービス水準に影響していることから、自治体の施策によって、若年齢人口を変えることができることを示している。もっとも、それを行なったほうが良いかどうかの判断は、この研究の結果からは判断できない。自治体全体の社会厚生をあげるために、どのような施策が効果的なのかは別途探究される必要がある。ただし、「足による投票」が起きているということは、サービス水準を近隣地域よりも著しく下げると、当該年齢の世帯は脱出する可能性があるわけで、自治体経営に対して重要な示唆を与えていると言えるだろう。
 なお、前述したように特定年齢層に偏る要因はいくつも考えることができるため、それらを十分に吟味することが望まれる。

 住宅土地分析分野において、ヘドニック分析は多く使われる。ヘドニック分析が成立するかどうかについては、small-openの仮定(対象事業が地域の市場構造を大きく変えるような大規模なプロジェクトではないこと、消費者が自由に立地を選べること)が成り立つかどうかを吟味することが重要であると言われる。しかし、住宅市場の分析においては、これらはあまり問題になることはない。むしろ、誤差項におけるサンプル間の相関関係の存在が問題となることが多い。例えば、立地点がほぼ同じであれば、ほとんどの要因において類似の傾向を示し、ごく一部の敷地要因などが異なる。このため、変数同士が相関があることとなり、必要な説明変数を完全に網羅していないならば、誤差項において相関があることとなる。
 堤・瀬谷論文(「ヘドニック・アプローチを用いた便益評価と空間計量経済学・空間統計学」)は、ヘドニック分析におけるこのような問題が存在する場合の空間計量経済学的なモデルと空間統計学の空間過程モデルの適用について報告している。
 堤・瀬谷論文は、誤差項に空間的な自己相関が存在すれば、通常最小二乗法(OLS)で回帰係数を推計すると過大に有意性が高くなる問題が起き、従属変数同士に自己相関が存在するとOLS推定量は漸近一致性を持たないことを指摘している。このため、空間的な自己相関への対応を行なうことが重要となるのである。
 堤・瀬谷論文では空間計量経済学のモデルとしてSAEM(Spatial Autoregressive Error Model)を使っている。SAEMモデルとは誤差項が他のサンプルの誤差項と相関関係を持つモデルである。他方、空間統計学のモデルとしては、SPM(Spatial Process Model)を使っている。SPMモデルとは誤差項に対して距離と方向のみに依存する相関関係があることを仮定したモデルである。
 分析例では、つくばエクスプレス沿線の公示地価をサンプルとして、OLSによる単純な回帰モデル(BM)、SAEM、SPMの3つのモデルを適用した結果を比較している。
 まずは、BMで分析した結果を空間自己相関の存在を調べるためによく使われるモランのI統計量を残差に適用し、有意に存在することを確かめている。そのうえで、3つのモデル分析結果を比較すると、最寄駅から東京駅まで時間距離のBM回帰係数が、他の方法による回帰係数よりも過大になっていることが示された。同様なことが他のいくつかの重要な変数についても観察されている。このため、つくばエクスプレスの総便益額がBMではかなり課題に推計されることも確認している。
 以上の結果は、費用便益分析に多用されるヘドニック分析では、空間的自己相関の効果をコントロールしないと過大に便益を求め、誤った判断をしかねないことを示唆している。公共事業の事業評価マニュアルも、空間的自己相関の問題を加味したモデルにしていくよう改定していく必要があろう。
           (Y・A)

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