季刊 住宅土地経済の詳細

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タイトル 季刊 住宅土地経済 2010年夏季号
発行年月 平成22年07月 判型 B5 頁数 42
目次分類テーマ著者
巻頭言購入者マインドを高める住宅市場活性化施策澤井英一
特別論文都市内の所得階層別住宅立地パターン:再考佐々木公明
研究論文J-REITにおけるリスク評価の合理性鈴木陽祐・吉田あつし
研究論文官と民の事務所平米単価について中村悦広・倉橋透
研究論文制約付き多層潜在セグメントモデルの定式化と その住居選択分析への応用星野匡郎
海外論文紹介在宅介護と高齢者の住宅・居住形態牛冰
内容確認
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トリアル
ノート
本号に掲載された3 篇の論文は、いずれも実務的な観点からもとても興味深いように思われる。
鈴木陽祐・吉田あつし論文(「J-REIT におけるリスク評価の合理性」)は、J-REIT のキャップレート(収益還元利回り)に含まれるリスクプレミアムの変動要因について分析したものである。資産市場バブルを経験し、不動産市場においても収益還元という考え方が重要視されるようになり、その流れを受けて2001年にはJREITがスタート、また2003年の不動産鑑定評価基準の大幅改正ではDCF 法が初めて盛り込まれた。鈴木・吉田論文で取り上げているキャップレートとは、不動産から得られる今期の収益から対象となる不動産の価格を直接求める率のことをいい、将来時点の収益を現在価値に割り引くときに用いられる割引率と区別されている。JREITの場合、不動産の元本価値が重要な情報となるだけに、キャップレートがどのように決定されるかは実務家にとっても興味深いテーマであろう。
鈴木・吉田論文では有価証券報告書で報告された賃貸純収益(いわゆるNOI)を不動産評価額で除することによって事後的なキャップレートを求め、安全資産の収益(ここでは10年物国債利回りが用いられている)との差にあたる部分をリスクプレミアムと定義したうえで、そのリスクプレミアムが市場に関わる要因、物件固有の要因、投資家の心理的な要因、そして誰が鑑定を行なっているのかという鑑定要因、これら4つの要因によってどの程度説明できるのか、なかでもどの要因がリスクプレミアムの変動に強く影響しているのかという点について検証を行なっている。実証結果によれば、(1)物件の地理的な要因がもっともリスクプレミアムに影響を与えている、(2)建物固有の属性の効果を除くと投資法人および鑑定会社それぞれ固有の要因がリスクプレミアムにもっとも大きく影響を及ぼしている、としている。とくに、大規模ではない不動産デベロッパーや投資会社のほうがリスクプレミアムの値が小さく、また大手ではない鑑定会社のほうがリスクプレミアムの値を小さく評価しているという推定結果はとても興味深い。
ただひとつ気になるのは、キャップレートと安全資産との差にあたる部分をリスクプレミアムと定義している点である。賃貸純収益を不動産評価額で除することによって得られるキャップレートには、収益に対する将来の期待も含まれているはずである。実際にリスクプレミアムを測るのは非常に難しいとされており、その意味でも、リスクプレミアムというよりはむしろキャップレートそのものをダイレクトに説明するとしたほうがよかったのではないかと思われる。また、かえってそのほうが実務家の立場からはわかりやすいものになっていたのではないだろうか。

中村悦広・倉橋透論文(「官と民の事務所平米単価について」)は、官と民で建築平米単価に違いはあるのかという、これまでマスコミ等でもしばしば取り上げられながら客観的な事実が与えられないまま今日まで放置されてきた問題を扱っている。官と民の建築平米単価を比較したとき、官が民よりも高いと感じている人は多いと思われるが、「その証拠は?」と聞かれても答えに窮してしまうのではないか。中村・倉橋論文は、こうした疑問に答えるために、国交省が公表している『建築着工統計』の基礎データをもとに、官と民それぞれで事務所として利用されている建物の平米単価を1984年度から2007年度にわたって都道府県ごとに求め、両者の比較検討を行なっている。
もちろん、これまで公表されてきた『建築着工統計』に、建築平米単価のデータがなかったわけではない。しかし、中村・倉橋論文では以下の点で工夫が施されている。
従来公表されてきた建築平米単価(加重平均単価)は工事費総予定額を総床面積で除したもので、この方法を用いると床面積でウェイトをつけた加重平均のかたちになってしまい、床面積の広い建物があるとそれに引っ張られてしまうおそれがある。そこで、中村・倉橋論文では個々の物件の建築平米単価を単純に平均することによって都道府県別の単純平均単価を算出している。さらに、加重・単純それぞれの建築平米単価の算出に際して、官と民という建築主の区別だけではなく、構造(鉄骨造と鉄筋コンクリート造)についても区別を行なっている。
このようにして求められた都道府県別の事務所の建築平米単価を被説明変数としたうえで、1棟当たりの床面積をコントロールしてもなお官と民に差異があるかという点について回帰分析による検証を行なった。そして推計結果を用いて建物平米単価を官と民で比較したところ、(1)官は民と比較して建物規模の違いによる単価の違いが小さいこと、(2)小規模の事務所で官の建物平米単価が民よりも高くなる傾向がみられるが、実際の規模に対する単価の分布を考慮した場合、官と民のあいだで建物平米単価に大きな差異はうかがえない、という興味深い結果を得ている。
中村・倉橋論文ではデータの分類にしたがい使途を“事務所”に限定したうえで、官と民のあいだで事務所は代替的な存在であることを前提に分析が行なわれている。しかし、建築主が官であるか民であるかによって建物に対する要求はかなり異なると予想され、互いに代替的な存在であるとみなすには無理があるのではないか。もちろん厳しいデータ制約のなかで分析にも限界があるとすればそれは致し方のないことではあるが、今後のさらなる研究の発展を期待したい。

本誌でもしばしば登場するヘドニック分析は、消費者の消費行動の結果として不動産市場で観察されたデータにもとづく分析である。環境の分野で環境評価に際し顕示選好法と表明選好法というふたつの手法があるとされるが、ヘドニック分析は前者の範疇に属するものである。それに対して星野匡郎論文(「制約付き多層潜在セグメントモデルの定式化とその住居選択分析への応用」)で用いられている分析手法は、表明選好法という範疇に属するものでコンジョイント分析とよばれている。これはアンケートの回答者に複数の選択肢を提示したうえで、その選択肢に対して回答者がどのような評価を与えるかを観察することにより選好の特徴について相対的な重要性を明らかにしようとするものである。不動産市場におけるヘドニック分析では消費者の選好は不動産物件の属性に対する評価として表明されるのであるが、コンジョイント分析では消費者の選好は効用関数のパラメータを通して直接表明される。
その代表的な例としてしばしば用いられてきたのが条件付きロジットモデルであるが、大きく2 つの問題点があるとされる。ひとつは任意の選択肢の選択確率の比に他の選択肢が影響を及ぼすことはないという点、もうひとつは回答者すべてに同質の選好を課しているという点である。こうした問題点を克服するための手法のひとつが潜在クラスモデルとよばれるものである。潜在クラスモデルは、消費者をいくつかの同質なグループに分類するパラメータとその各グループの選好に対するパラメータを同時に推定しようとするモデルである。とくに前者のパラメータを把握することで選好の多様性がどこから生じているのか、その要因について説明を与えることができる。
星野論文の貢献は、この潜在クラスモデルをさらに発展させて選好の多様性についての多層的な構造を明らかにした点である。つまり、消費者は不動産物件をサーチするとき場所と住宅のタイプを同時に決定するのではなく、はじめから例えば住環境よりも利便性を重視するグループと、利便性よりは住環境を重視するグループとに分けられるということを前提に、グループに分けるためのパラメータと各グループの選好に対するパラメータを同時に推計しようとする。
もちろん問題がないわけではない。潜在クラスモデルを多層的にすればするほどパラメータの数が増えてしまい、それを回避するために制約を設けるなどの工夫が必要になるが、それが理論的に妥当なものであるかの判断はどのようにしてなされるべきなのだろうか。また、星野論文では住宅選好の多様性について整合的な結果が得られたとしているが、この潜在クラスモデルを使って次のステップとして何ができるのか、残念ながら示されていない。この分野への興
味は尽きず、今後の研究が大いに期待されよう。(Y・N)
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