タイトル | 季刊 住宅土地経済 2015年春季号 | ||||
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発行年月 | 平成27年04月 | 判型 | B5 | 頁数 | 40 |
目次 | 分類 | ページ | テーマ | 著者 |
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巻頭言 | 1 | 持続可能なまちづくりと不動産情報 | 井出多加子 | |
特別論文 | 2-7 | 土地・相続・介護 | 山崎福寿 | |
論文 | 10-18 | 住宅・土地資産が消費に及ぼす影響の日米英比較 | 村田啓子 | |
論文 | 19-27 | 日本の住宅ローン市場における全額繰上返済 | 岸本直樹・金瑢晋 | |
論文 | 28-35 | 近世・近代の土地市場分析 | 鷲崎俊太郎 | |
海外論文紹介 | 36-39 | 住宅市場における季節性とサーチモデル | 直井道生 | |
内容確認 | バックナンバーPDF | |||
エディ トリアル ノート | 住宅土地をめぐる研究に関して、ユニークな視点の三つの論文が提供されている。一つは日米英の住宅価格と消費の関係の比較という手法、一つは住宅ローンの全額繰上返済というテーマ、最後に経済史の中での土地市場と不動産経営の視点の提供である。 ◎ 村田論文(「住宅・土地資産が消費に及ぼす影響の日米英比較―信用供与効果を考慮したモデルによる分析」)は、集計(マクロ)データを用いて、住宅資産に関連した信用供与効果に着目し消費関数の日米英比較を行なった論文(Aron, Duca, Muellbauer, Murata and Murphy 2012)を紹介するものである。2007年から09年の世界金融危機の発端は、住宅需要と金融部門における証券化商品等を中心とした信用市場の拡大過程でもたらされたバブルが崩壊したことにあった。この経験が示すように、住宅市場と金融市場の相互関係は、実物経済に非常に大きなインパクトをもたらす。 この経路については、これまで数多くの研究が蓄積されているが、村田論文の特徴は、住宅を担保とした借入れを通じた消費への効果、およびその効果の時系列的なシフトも考慮して日米英の検証を行なったことにある。具体的には、住宅・土地価格等を外生とする部分均衡的なモデルではあるものの、同一の理論モデルに基づいて実証分析を行ない、 国の消費がどのようなルートで決定されるかを比較している。特に、米国および英国については家計への信用供与のコンディションを示す指標(インデックス)を作成し、それを消費関数に説明変数として利用することを試みている。 その結果、米英においては、家計が保有する住宅・土地資産が増加すると信用供与の増加を通じ消費を増加させるという、クレジットチャネルを通じたメカニズムが存在しており、信用市場の自由化および進展がこの効果を大きくしたという結果が得られている。一方、日本に関しては米英にみられたような信用供与拡大およびそれ による消費増を示唆する結果は得られなかった。 このようなファインディングは、実際の政策形成過程においても重要な情報となろう。例えば、2007年から09年にかけての大幅な資産の縮小は、住宅価格動向次第では米英において持続的に消費を抑制する効果を持ち得ることになる。また、利子率は米英においては負の効果を持つことから、米英では利子率の効果とクレジットチャネルの効果を通じて金融政策効果の波及が期待される。しかし一方で、日本についてはこのような効果が期待しにくいという結果が示されている。リーマンショックのような世界同時に引き起こされたショックについては、世界標準の処方箋が求められるような錯覚に陥りがちだが、この研究はそれぞれの国の制度、商習慣などを背景とした緻密な処方箋の検討が必要であることを示唆する。 課題をあげるとすれば、共通の実証モデルが用いられていない点である。なぜそのような方針となったかについて、本文で説明はあるものの、あえて同じ実証モデルでの比較を行ない、なぜ日本で信用供与インデックスが重要な役割を果たさないか、利子率の符号が異なるのかについて検証するというスタイルもありえたのではない だろうか。そのうえで、制度およびノンリコースローンの存在など金融上の商慣行の相違などに即した、解釈を行なうことにより、構造的な比較に結びつけることが可能ではないだろうか。 ◎ 岸本・金論文(「日本の住宅ローン市場における全額繰上返済」)は、住宅金融公庫の住宅ローンに発生する全額繰上返済を分析したものである。住宅ローンの繰上返済は、住宅ローンの保有者が受け取るキャッシュフローを大きく変化させる。その結果、繰上返済は、金融機関などと、住宅ローン担保証券の投資家の両方にとって大きなリスク要因になる。このため、全額繰上返済がどのような要因で発生するのかは、実務的にも大きな関心事であろう。しかし、このテーマを明示的に扱った研究はこれまでにあまりなかった。 岸本・金論文は、1996年から2005年までの期間を扱っているが、この期間は?金利の変動幅が1%強の幅に限定されていた、?長期借換金利がサンプル内の大部分の住宅ローンの約定金利を大きく下回ることがなかったが、中短期の借換金利はそれを大きく下回ることがあった、という特徴を有する期間であった。岸本・金論文は、このような期間を環境が整えられた自然実験として捉えて、中短期の借換金利対長期の借換金利、将来の金利推移の予想(利回り曲線の傾き)、さらに、金利のボラティリティに対する予想が、全額繰上返済に及ぼした影響を分析している。 その結果、短期借換金利のほうが長期借換金利より、全額繰上返済に対して高い説明力を有すること、全額繰上返済は、利回り曲線の傾きと金利のボラティリティの両方にも感応的であることが確認している。また、住宅ローンの経過月数に関する全額繰上返済のパターンは、米国住宅ローンのパターンと類似していること、さらに、全額繰上返済の季節的なパターンは、日本の諸制度に起因していると考えることができることが確認している。 このように、これまでにあまり扱われたことのないテーマに関して、手堅い実証分析手法によって、理論と整合的な実証結果を得ていることが基本的な貢献であろう。そこで将来に向けたいくつかの課題を検討してみたい。 岸本・金論文で扱っているデータは、数少ない先行研究と異なり、住宅金融公庫の集計データである。集計データとすることで、扱うことのできる期間、空間的な範囲が格段に広がったことが岸本・金論文の特徴の一つであり、このデータは「同一プールに属する住宅ローンは類似の約定金利を持つ。これは、住宅金融公庫が、住宅ローン申込者と抵当物件が一定の条件を満たす場合に限って狭い範囲の約定金利で住宅ローンを提供したからである。」という特徴を有する。 仮に、金利がそれぞれの借手や対象住宅の属性を完全に反映しているのであれば、それぞれの属性をコントロールする必要はないだろう。しかし、使用したデータの特性は、さまざまな返済能力、担保価値を持つ住宅に対して、高すぎる、低すぎる金利をあてはめている可能性も示唆するのではないだろうか。この場合、それぞれの借手およびローンの対象となる住宅の個別の属性が、全額繰上返済に与える影響が大きいだろう。今回得られた結論を個票データによって、再確認することが今後求められよう。 ◎ 鷲崎論文(「近世・近代の土地市場分析―江戸・東京の不動産経営史」は、近世・近代日本における都市の土地市場と不動産経営について、江戸・東京を事例とした不動産収益率という観点から長期時系列的に分析し、その意義を検討したものである。 鷲崎論文はまず、日本橋・京橋地区を事例とする町屋敷の収益還元地価を求め、それと実際の土地売買価格との差額を検討した結果、ファンダメンタルズの機能性はおよそ寛政期を境として一変していたことを指摘する。そして、19世紀前半に町屋敷の実質地価がファンダメンタルズ・モデルで説明できなくなり、過小な土地評価額しか受けていなかったことは、おそらく資産所得としての魅力が土地不動産に備わったことに繋がっていく、と指摘する。 このような土地をめぐる経済環境の変化を背景に、三井、三菱のような土地経営主体もその戦略を対応させていく。例えば、物価上昇による費用面の増加により、収益率が悪化しつつも、大元方が担保価値を維持すべく、町屋敷経営に資金を提供し、低減傾向にあった収益性を下支えするようにしていたことを発見する。また、連続する土地を一括購入することで大規模な生活関連社会資本の誘致に成功した三菱の経営戦略などを見出すことに成功する。 このように、鷲崎論文では従来の経済史の文脈では捉えられなかった多くの発見が行なわれている。しかし、ファンダメンタルズ価格のように多くのデータに基づかなければ、信頼性の高い結果が得られないもののについて、やや強い結論が導かれすぎているような懸念を感じる。また得られたデータについても、独占的な地位から得られた価格であった可能性についても考慮をすることが、今後求められるのではないだろうか。 (M・N) |
価格(税込) | 786円 | 在庫 | ○ |
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